209.夫婦の絆
王家の庭はマージオの祖母・ナルテシアが晩年邸宅としていたこともあり、自然を楽しむ工夫が庭園にも施されている。
王宮へ戻る仕度がなされ、慌ただしい室内を避けて庭園一角にある東屋で過ごす。
アルマリアはドレスへの着替えを断って、乗馬服のままだ。目の前に置かれたカップには口をつけた様子はなく、既に湯気の立たないカップが所在なげに置かれていた、
アルマリアにとっても、マージオの姿は余りに衝撃が大きかった。
ミクが特別な存在であることは、嫁ぐ前から承知していたこと。毎年王家の庭を訪れる行為も 墓参りのようなもの、そう納得していたつもりだった。この世界に存在しない者が相手ではどうしようもない。
マージオはアルマリアを、息子たち慈しんでくれた。それは偽りのないもの。
国を治める同志としてだけでない、夫婦としての確かな愛情があったと自負している。
激しさはなくとも、穏やかで深い愛情を互いに寄せ、歳を重ねてきたのだ。
やはり ミク には敵わぬのか…
この世界に存在しないからこそ、求めてしまうのか
幾年の重なりは 逆に 想いを深めることになっていたのだろうか…
私は 王妃アルマリア
この国を 護るために在る
この気持ちは この森に置いてゆく
だから 今だけ
素顔の気持と向き合おう
天を仰げば、目頭が熱くなる。
小刻みに震える身体を自分で抱きしめる
声をあげることは 許されないけれど
それでも
偽りのない気持ちは 流す涙が知っている
零れる涙が、頬を伝う。
それを静かに風が撫でる。
「…マディ…」
突然の声に 身体が震えた。
この愛称で呼ぶのは、ただ一人だ。
背後から大きな腕がアルマリアを包み込んだ。
「…すまない、貴方をこんなにも 哀しませた」
マージオはゆっくりと身体を離すと、アルマリアの肩をそっと掴み、自身の方へ向かせた。
驚きで声の出ないアルマリアの前に膝まづくと、その手を取り唇を落とした。
「!! 陛下、いけません!」
立たせようとするアルマリアを視線で制し、もう一度唇を落とすと、その手を自身の額へとあてた。
「言わせてくれ…。貴方を傷つけ、こんなにも哀しませてしまった。 私は弱い人間だ。
ミクを忘れられず、そのことを赦されると甘えていた。
赦しを乞う立場ではないことは承知している。だが、言わせてほしいのだ」
アルマリアの指先に唇を落とし、真っ直ぐな視線をアルマリアに向けた。
「愚かな私を 許してくれ。叶うなら、この先を共に歩んでほしい」
深く頭を垂れ、額に当てたアルマリアの手に縋るように祈る姿。
仕方がないひと…
アルマリアはそっとマージオの前に膝まづき、その背に腕を回した。
「…本当に 仕方がないひと…」
耳元で呟き、回した腕に力を込めた。男性としては細身でも筋肉の付いた身体は大きい。回りきれない腕は、離したくないと言わんばかりに腰の服を掴んだ。
「…マディ…」
アルマリアの胸に抱かれたマージオの声はくぐもり、震えていた。マージオはアルマリアの腕をそっと自身から離すと、逆に自身の胸にアルマリアを閉じ込めた。
伝わるマージオの鼓動は 早鐘のようで、アルマリアの鼓動もつられて早まっていった。
惚れた弱みなのだと アルマリアは思う。
結局 許してしまうのだ、このひとを。
初めて対面した日、
エストニルの復興と安寧のために、共に力を尽くして欲しい、そう請われたこと。
貴方を大切にし、家族を慈しむ。
だから、
一年に一度、この季節の数日だけ 想い出に身を委ねる日を許して欲しい、と 憂いだ瞳で 懇願されたこと。
金髪の柔らかな髪を風に揺らめかせながら、アイスブルーの瞳を 私に真っ直ぐに向けてくれた。
あの瞬間に 私は貴方の我儘全て許してしまったのだから。
そっとマージオの胸を押して身体を離すと、艶やかな笑みを浮かべた。
「許します」
自身の右手を胸に当て、すっと姿勢を正した。
「あの方には 貴方を見守ることしかできないでしょう。でも私なら 傍に立ち ときに盾となり貴方と歩むことができますわ。そして、貴方を幸せにできるのもこの私です!」
両手を取ってマージオを立たせると、そっと襟をなぞった。長椅子へと誘導し、隣り合わせで腰を下ろす。
「…マディ。貴方には敵わないな」
「当たり前ですわ。私を誰だと思ってらっしゃるの?」
流し目で笑みを深めれば、マージオはアルマリアの肩をそっと抱いた。
そう これが私の矜恃。
私が このひとを護る。




