206.朝
朝日が昇ると 中庭に面したテラスから陽射しが差し込む。ガラスに反射した陽射しは、ソファに横たわるライルに降り注いだ。陽射しの熱を浴びて、意識が覚醒していく。
頭が重い…。
酒は既に抜けているが、昨日の出来事がライルに重くのしかかっていた。時間が経つにつれて、罪悪感に苛まれる。取り返しのつかないことをしてしまった。今更後悔しても遅いのだとわかっている。
でも、このまま終わりたくない。
たとえマオとの関係が戻れなくても、誤解を解きたい。叶うことなら、この世界で生きていくマオを護ってやりたい。それがせめてもの贖罪だと思った。
額に手を当てゆっくり起き上がると、掛物が滑り落ちた。兄上が かけてくれたのか…。
そういえば、兄上と酒を酌み交わすのは 初めてだった。叱るでもなく、諭す訳でもない。
それでも、静かに聞いくれた。それが何より有難かった。
顔を洗い、身なりを整える。
冷たい水が気付けに丁度いい。鏡越しにみる己は情けない顔をしていた。
しっかりしろ!
己を叱咤し、もう一度 顔を水に浸した。
真緒の護衛につくのは明日からだが、今日は湖畔にいくつもりだ。それを伝えるために父の執務室へと向かった。
回廊をぬけ、本館に足を踏み入れると何故だか忙しく人が行き来している。
夕刻の出立に向けて支度に追われているのもあるのだろうが、騎士の表情が硬いのが気になった。
何か あったのだろうか…
それは執務室へと近づくにつれ、疑問から確信に変わった。国王の警護に当たっているライックが細かく指示を出しながら、執務室へと向かってきた。
「来たな」
ポン、と肩を叩くと 片側の口の端を上げた。耳元に顔を近づけると、驚きの事実を囁いた。
「実は王妃様が夜駆けして、お見えになった」
王妃が夜駆け…?
疑問が表情に現れていたのだろう。苦笑いと共に、執務室へと招き入れられた。
既に渋い顔をしたヴィレッツとニックヘルムがを顔を突合せており、ふたりが入室すると、こっちに来いと手招きされた。
朝の挨拶をする間もなく、実務的な話が始まった。
「夜明け前にアルマリア様が来られた」
護衛も付けずに夜駆けとは、誰の真似をしたのだか…
ニックヘルムのぼやきは止まらない。それを苦笑いしながらヴィレッツが宥めていた。
「王宮も蜂の巣を突っついたような騒ぎだ。兎に角、夕刻に陛下と共に王宮へお戻りいただく」
「陛下にお会いになるためにいらしたのですか?」
ライルの質問にヴィレッツは声を落として告げた。
「いや、ビッチェル王子に会いに来たようだ」
これからヴィレッツが同伴して軟禁されているビッチェルと面会する予定になっている。その護衛をライルに頼みたい、それを了承し ヴィレッツと扉へ向かうと
駆け込んできた騎士の勢いに、慌てて退いた。
「しっ、失礼致しました!」
衝突は回避できたものの、高位貴族に無礼を働く行為に蒼白になっていた。
「急ぎの報告があったのだろう?」
ライルが執り成すと、はっとした様子で礼を取った。
「報告致します。渡り人様の行方が分かりません!」
「…なんで次々と…!」
怒気を孕んだニックヘルムの呟きは、ここにいた全ての者の総意だろう。
「どういうことか、説明せよ!」
ライルの指示に、騎士はテリアス様からの書状です、とニックヘルムに差し出したあと、報告を始めた。
夜更けに宿屋に姿を見せた所までは確認されている。
だが、真緒は宿屋には居なかった。
テリアスは今日のことを説明するため、いつもよりも早く宿屋を訪れた。
宿泊客が賑やかに朝食を取る店の中に真緒の姿は無かった。不審に思ったテリアスは厨房にいるマルシアを横目に2階へと上がった。扉を開ければ、室内には人の温もりが感じられなかった。ベッドをめくれば、シワのないシーツは冷気を放っていた。
窓を開け放ち、森に控える騎士に合図を送る。
何処へ いった…?
ライルとのことがあったから、影にも距離を置くように指示をした。その結果がこれか。
こういうところが父やライックから見て甘いと言われるところなのだろう。
そう結論づけて自嘲する。
簡単な報告をしたため、部屋に走り込んできた騎士に託す。
その後、背後に控えた影に問えば、どうやら渡りの樹の湖畔に姿を認めたと報告を受けた。では、湖畔にいるのか…。続く報告に戦慄が走った。
━━━ 湖の光に呑まれた
何が起きた…?
テリアスは言葉を失い、影を見つめた。影の戸惑いがつたわり、とっさ背を向けた。
「詳しく調査を」
何とか指示を出し、影の気配が消えるまで立ち尽くしたのだった。




