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199.苦み

テリアスは執務室の机に向かい、睡眠不足で(もや)の掛かった頭を濃い茶で覚ます。眼鏡を外し 眉間をほぐせば 疲れの溜まり具合を自覚 した。影からの報告で、ヘルツェイが真緒を屋敷に連れてくると聞いている。

それと時を同じくして、国王とニックヘルムが王家の庭に向かっている知らせが届いた。


渡りの樹が焼失した事実を、国王は受け止められるのだろうか。そして、火を放ったのが息子のビッチェルだという事実。


大きな溜息をつき、再び書類に視線を落とす。

ライルは火傷の治療と界渡りの影響を考慮して、眠らせている。真緒が一緒に屋敷に戻らなかったことで、治療も受けずに飛び出そうとした為、テリアスの指示によって強制的に眠らされたのだ。

幸い程度の酷い火傷は無かったが、燃え盛る火に飛び込むとは…。

結果的にマオを連れ帰ったが、渡りの樹ごとライル自身を失う可能性だってあったのだ。こんな無茶をしないように釘を刺さねばなるまい。


書類への集中を欠き、大きく息を吐くと席を立つ。

テラスに続く大きな窓を開けば、森をぬけてくる湿度を含んだ風が吹き込んだ。風に乗って微かに感じる焦げた臭い。

自身の左手に浮かんだ青紫の輝きは 既にない。

その輝きは、ライルの在り処を教えてくれた。光に導かれるままに手をかざせば、閃光と共に ふたりが目の前に現れたのだ。

渡り人の存在自体を否定しないが、人智を超えた力に対しては懐疑的だった。自身がそんな現象を経験するとは思いもよらなかった。

(…何が起こるか わからないものだな…)

━━━ そして この先も だな



ノック音が来客を告げる。

ヘルツェイが真緒を連れて 入ってきた。

「…勝手して すみませんでした…」

真緒にしては珍しく消え入りそうな声で 謝罪すると

ぺこり と頭を下げた。

あぁ、これがお辞儀か…。話には聞いていたが、不思議な挨拶だな。相当ヘルツェイに絞られたのだろう。身に危険が迫っている中で、勝手に居なくなるとは。まったく 何をやらかすか わからない娘だ。


お辞儀を終え、謝罪の済んだ真緒はテリアスを見た。

最後に会ったのは、神殿が崩壊してライルの行方が分からなかったときだ。そのあとは、監獄に居たと聞いているが、なんだろう…このいけ好かない感じ。

そう、この視線。

なんか値踏みされているような、マウントを取るような感じが 鼻につくんだよね…。

人の悪口はたとえ言語が違っても伝わるもの。

ブラコンのこの人(テリアス)は、ライルを取られてヤキモチ妬いてんじゃないの?

んー、そう考えると 憎めない人 なのかも知れない。思わずにやけてしまう。結論が出て、自己完結すると、スッキリした気持ちでテリアスに向き直った。


「…なにか 言いたいことがあるのか?」

低い声で、懐疑的な視線を向けてくるが、真緒は なんでもない と返した。こんなところで 言い合いをしていても始まらないのだ。

わかり易い大きな溜息をひとつついて、テリアスは本題に入った。

「詳しい話は国王が到着されてからだ。

お前も、どうしてこのようになったのか 聞きたいだろう?私も、どうやって戻ってきたのか知りたい」


どうやって、って…

気づいたらライルと森にいました、では納得しないんだよね…

「私、王妃様の別邸から記憶が無いの。気づいたらライルがいて、お母さんの声がして『早く帰りなさい』って…。で、気づいたらあそこにいた」

「おい、その言葉使いは…!」

「いや、構わない」

ヘルツェイが 真緒の言葉使いを諌めようとしたが、テリアスが遮った。その言葉にヘルツェイが驚いた。プライドの固まりのようなテリアスが、こんな無礼を許すとは。

━━ 相手が真緒だからか?

意外とこの娘を気に入っているのかもしれない。ヘルツェイは 眉間に皺を寄せながらも真緒の相手をするテリアスの姿を 微笑ましく見つめた。



先触れの訪れから 間を開かず、マージオの到着が告げられた。

しかしその姿が、邸宅内に現れることはなかった。馬車を降り、そのまま渡りの樹へと向かったのだ。知らせにきた騎士は、警備を心配したテリアスに、ライックが そのまま護衛についていると告げた。

緊張を解いたテリアスは視線を真緒に向けた。


マージオの悲嘆は 察するに余りある。

では、帰る手段を失ったこの娘(マオ)は…?


向けられた視線に気づき、真緒も視線を返す。

「…なに?」

「… あの樹が無くなってしまったが 、お前は…大丈夫なのか?」

「━━ 元の世界に帰る手段を失ったこと?」

テリアスの言葉に、真緒はわかっている、と答えた。「帰れないのと、帰れるけど帰らないのでは 違う。

…でもね、この世界で生きていくって決めたから」

明るい声で話す真緒の笑顔は儚げで、テリアスは胸が詰まった。

本人も辛いだろう。でも、真緒の存在が必要だ。

国王を支えられるのは、喪失感を分かち合える真緒だけだ。


「マオ、国王を支えてくれ」

酷なことを言っているのは重々承知だ。それでも、敢えて言葉にする。

少しの 見つめ合いの後、真緒は静かな声でそれに応えた。

「ええ、そのつもり」

ねえ、私も へ行っていい?

そう言葉を続けて、ソファから立ち上がった。

「ライルに会っていかないのか?」

その問いには、肩を軽くすぼめて笑った。

「だってまだ眠っているしょう?森から帰ったらにする」

言葉の終わりと共に、真緒の姿は扉の向こうに消えた。ヘルツェイが後を追う。


ふたりが退室し、室内には静けさが戻った。

既に冷めた茶を口に含む。より苦味が増していて眉をひそめた。更にひとくち含めば、その苦みは胸に拡がった。


争いの種になる、といって殺そうとし、今度は国王を助けろ、という。


我ながら 酷いものだな…


テラスからは森へ向かうふたりの後姿が、小さく見えた。水差しの水をついで、ひといきに飲み干す。

それでも、この胸の苦味は 薄まりそうになかった。





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