表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/318

196.覚醒

『…真緒!…真緒…!』


微睡みの中にあった意識は緩やかに浮上していく。

私の名を呼ぶ お母さんの声だ。


━━━ もう少しだけ。

もう少しだけこうやって聴いていたい。髪を撫で、頬に触れてくる柔らかな感触が、穏やかな気持ちにしてくれる。


『…真緒、起きなさい…もう目覚めのときよ…』


目を擦り 重い瞼をこじ開ける。

お味噌汁の香りの中 お母さんの声がする朝が大好きだった。

お母さんは早朝の仕事を済ませ、朝食を作りながら私が登校するまでの時間、家にいてくれる。料理に洗濯、掃除…、次々と家事をこなしながら 私に構ってくれる。一日の中でお母さんに甘えられる唯一の時間だった。

本当は起きているけど、名前を呼んで欲しくて寝たフリしたっけ。


懐かしいなあぁ…

見慣れた シミの目立つ天井、古びた箪笥が ぼんやりした視界に映る。

あぁ やだ 。私、寝ぼけてる…。

今日、バイトだっけ?


両腕を天に伸ばし、大きく伸びをする。

朝の爽やかな空気を吸い込んで…

あれ?なんか 変。

生活の気配が ない。

料理の香りも 洗濯機の回る音も アパート近くの大通りを行き交う人や車の賑わいも ない。


『…もう 目覚めのときよ。貴方は あるべき場所にかえるのよ』

えっ… お母さんの声…? なんで…?


それを意識した瞬間、温かな生活の空間は歪み始め、どす黒い渦に呑み込まれて行く。

「な、なんなのっ!」

慌てて身体を起こすが、既に足元は漆黒の空間となっていた。壁が 天井が 漆黒に溶けてゆく。


何が起きているのか わからない

お母さんが死んでしまって、このアパートでバイトしながら暮らしてた…んだよね?


なんだろ、大事なことを忘れているような気がする


『…マオ、迎えがきたわ。貴方が望む場所はここではないでしょう?』

思い出して ━━━━


━━━ なんのこと? なにを 思い出すの?


声はすれども姿の見えないお母さんを求めて、両手は空を彷徨う。お母さん、私が望むのはお母さんといることだよ。


『…貴方が共にありたいと望んだ大切な人を思い出して…』


自身の手のひらに、硬い感触を感じて引き寄せてみれば、暗闇の中でそれは柔らかな光を纏っていた。

濃い青紫の輝きを放つ石は 真緒の手の中で光の強弱をつけながら光を放ち、徐々に熱を帯びてくる。熱とともに伝わる微かな波動は、自身を呼んでいるようで、惹き込まれた。

その石に誘い込まれるかのように、両手に包み込むこと、真緒は自身の胸元に押し当てた。


呼ばれてる… 私を呼ぶのはあなた()なの?

ううん… 違う

貴方は だれ?

まぶたに浮かぶ シルエットに 胸が締め付けられる

なんで そんなに切ない声で 私を呼ぶの?


シルエットはぼやけたまま

どんなに集中しても どんなに名を呼ばれても

近づくことができず 焦りを生む


更に熱を帯び 熱く感じるほどとなった石を

真緒は両方の手を開き、漆黒の空間にその姿を晒した


おしえて あなたは だれ?

私が忘れてしまった 大切な記憶を 取り戻して


再び強く握り込み 願う

「お願い」


真緒の身体は既に足先からお腹まで漆黒を纏い、闇に呑み込まれていた。青紫の石が放つ光が、その勢いを押しとどめているようだが、それはじりじりと胸元へ近づきつつあった。


「…オ…、マ…、マオ…!」

名を呼ぶ声に集中すれば、その声は徐々にハッキリとした言葉になった。

「…ライル…?」

思わず口をついて出た名前に自分で驚く。胸元の石がその名に反応して強く光を放った。

「ライル」

もう一度 その名を口にすれば、胸の奥から何かが湧き上がってきた。


そう、何度も口にした 名前だ━━━━━━


「ライル!」

今度は意思を込めて 大きな声で その名を告げた。


「マオ!」

力強い腕に抱き締められて、息ができないぼとの力で身体を添わせる。瞬間、胸元に抱いた石が眩い光を放つと真緒に迫る闇が、霧散した。


「無事か!急いで ここから出るぞ!」

ライルは真緒を抱く力を緩めようとはせず、真緒はライルの腕の中で暴れた。

「くっ、苦しい!一旦 離して!」

いつもなら愛しいライルの香りだが、焦げ臭くてツラい。百年の恋も醒める…本人には言えないが。

力の緩まりを感じてすぐ抜け出す。不満顔のライルの視線を避けて 距離を取れば、焦げた服、煤だらけの顔。よく見れば腕や背中に火傷も負っていた。

「どうしたの!なんでこんな焦げてるの?」

臭いも忘れて 火傷の具合を確かめれば、範囲は広いものの程度の酷いものは無さそうで、胸を撫で下ろす。


『もう時間がないわ…早く行きなさい』

「お母さん、行くってどこに?お母さんは一緒じゃないの?」

真緒は声の先を求めて周囲を見回すが、その姿を捉えることはできなかった。

『…ここは渡りの樹、始祖の思念世界。既に崩壊が始まってるわ。

惹き合いの石が、貴方たちを導いてくれる。

私が路を繋ぐわ。でもそんなに長くは難しいの。

だから強く願うのよ ━━ふたりで還るって』

「ちょっと待って!お母さんは?お母さんはどうなるの?」

『…私は渡りの樹に宿るもの。樹と共にあるわ』


ふわり


真緒の髪を風が撫でた。


『幸せに なりなさい』

その言葉と共に一点の光が渦となり、空間を巻き込み歪みをつくってゆく。

「マオ、いくぞ!」

再び強い力で抱き込まれ、真緒は胸に抱いた石を強く握りしめた。ライルのの鼓動が布伝いに聴こえる。それは、真緒の鼓動を急かした。

身体に流れ込む温かな何かを、素直に受け入れる。ライルを見上げれば、優しい青紫の瞳が真緒を捕らえた。

真緒の手で輝きを放つ青紫の光の玉を、ライルは真央の手ごと包み込んだ。


「マオ、愛してる…」

「ライル、愛してる…」


互いを瞳に捕らえながらふたりの手から漏れ放たれる光に身を任す。

放たれた光は強さを増し、やがて閃光となってふたりの姿を光に隠した。


閃光は、光の渦に呑まれる。


色彩の空間は絶えず歪みをつくり、方向も定まらない。ライルに抱かれるその腕の強さが、真緒に現実なのだと認識させる。


長いのか 短いのか

遠いいのか 近いのか

速いのか 遅いのか


それすらも分からない空間の中、不安でライルを見つめれば、優しい微笑みが包んでくれた

「心配ない。兄上が オレを呼んでいる。導いてくれる」

どんなに耳を澄ましても、真緒には聞こえない。それでもライルを信じよう、そう思った。

そっと袖を掴めば、ライルは嬉しそうに微笑んだ。

「渡りの樹、湖。あの森をイメージして」

ライルの言葉に、目を閉じてひとつづつ思い浮かべてゆく。

(…これって、お母さんの持ってた絵の光景だね…)

そう思ったら、より具体的にイメージできた。


━━━━ あの場所に 還る


その瞬間、閃光に包まれて視界は白色に奪われた。


途端、鼻を突く焦げた臭いと 多くの人の気配が、ステレオの音響のようにふたりを襲った


「…つっ!」

ライルの低いい唸り声にハッとすれば、火傷の背中に手を離していた。

ごめん、痛かったよね…

すぐに手を緩め 身体を離す。人の気配に視線を移せば、立ち尽くす人の姿があった。


目玉が落ちそうなほど 目を見開いたテリアスが、あんぐりと口を開けて凝視していた。

「…えっと…、今晩は…。久し振り、です」

どう言葉をかけていいかわからず、とりあえず挨拶してみた。もちろん、笑顔も忘れない。

「…お、おっ…」

鳥じゃあるまいし、ちゃんと喋ってほしい。

そして、私に状況を説明して欲しい。


なんだか、焼け野原だけど…

ここ、渡りの樹、だよね …?



















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ