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189.在りたい場所

雫が奏でる音が、仄かに明るい空間に色を添える。

自然の奏に混じる、息遣いが ふたつ。


身動ぎもせず重なり合うふたりのシルエットは、凪いだ水面に濃い影を映していた。


━━ くすくす うふふふふ

鈴を鳴らしたような 可愛い声が 木霊する


━━ あそぼう あそんで

笑い声が水面にエコーを生み出す。精霊たちはふたりの近くを舞い、目覚めを誘う。目覚めを待ちきれない精霊が、真緒の額に口付けた。



「…ん…」

真緒の瞼が僅かに震えた。

抱く腕の中、胸に伝わる微かな動きに ライルの意識が浮上していく。まだ 微睡みの中、無意識に抱く腕に力を込める。腕の中で身動ぐ存在の愛おしさが込み上げてライルの覚醒を促した。

「…マオ…」

この腕の中に確かに存在する、愛しいひと。

華奢な身体を掻き抱けば、短い髪が頬に触れて真緒の香りが鼻孔を擽った。くぐもった唸り声に、慌てて力を緩めた。少し開いた口許から吐息が漏れて、尖った上唇が震えている。固く閉じた瞳が開く期待感に胸が踊る。目覚めのキスとばかりに 瞳に唇を落とすと、今度は優しく抱いた。


仄かに明るい空間は見覚えのある場所だった。

周囲を湛えているのは、心地よい泉。その中を大樹の根が巡り、自身が身を寄せる幹を支えている。

水に浸る足元は、水面の揺れに呼応するように内から光が放たれていた。

その光の粒子は、真緒の身体から滲み出るように湖面に溶けていた。寄せる波は新たな輝きを伴って、真緒の身体に溶けてゆく。生命を吹き込むような営みに、ライルは暫し目を奪われた。

真緒の身体は光の放出と吸収を絶えず繰り返しながら次第に光の膜に包まれていく。それは濃さを増し、まるで繭のように真緒を包み込んでいった。


まるで 御包みに包まれた 赤子のようだ。

腕の中、無垢な赤子は背を丸め自らを抱き目覚めのときを待っているようだった。


『━━ よく 眠っているわ…』

柔らかな声がライルの意識を惹きつける。その声は耳を擽る(くすぐる)ものではない。直接脳内に響いてくるのだ。

「…ミク…?」

ライルの問うような呟きが、水面に反射する。

この子(真緒)を護ってくれて ありがとう』

姿を見ることができないが、真緒を挟んで正面に感じる、その気配。そして僅かな空気の動き。声の主はそこに()()()()

ライルはその気配を捉えようと存在の在り処に全神経を集中した。


『━━━ この世界との繋がりが不安定になっているのね、このままではこの子は 消えてしまうわ…』

ミクの言葉にライルの不安が募る。真緒を包む繭が濃さを増したように感じ、その名を呼んだ。


『渡りの樹にこの子を預けましょう。 私にはなんの力もないけれど、せめてあの樹の元で見守らせて』


哀愁を帯びたミクの声に ライルも言葉に詰まった。


渡りの樹は、真緒とこの世界を新たに繋ぐだろう。

そのためには壊れかけた真緒の器を修復しなければならない。

時間(とき)が必要なのだ。


頭ではわかっている、それが一番なのだと。

マオのために 最善の方法なのだと。


『━━━ 惹き合いの石が護ってくれたのね…』

ミクが触れたのだろう。真緒の胸元の煌めきがあたりに舞う。繭の中、安らかな表情で眠りにつく真緒に溶け込んでゆく。

『大丈夫よ。この子は きっと貴方のところへ還るわ』

空気の心地よい震えが、ミクの笑い声と共にライルの肌を撫でる。

『マオはね、とても頑張り屋さん。小さい頃から我儘もいわない子だったわ。辛いことも沢山あっただろうに、いつも何かに一生懸命で、よく笑ってた』

だから、幸せになって欲しい、心から笑っていて欲しい。それなのに、始祖の意思に導かれ 父親を知りたいと願った真緒はこの世界に導かれてしまった。


『この世界と繋ぐ力を失うのなら、元の世界へ帰そうって 思っていたの』

その言葉にライルの身体が強ばる。それを察したのかミクの気配は柔らかくライルの背中を撫でた。

『でもマオはね、この世界で貴方と共に在りたい、って私に言ったの。真っ直ぐな視線で 幸せそうに目を輝かせて。だから マオをこの世界に繋ぐ手伝いをさせて』


それならば 自分も 一緒に…!


言葉にする前に、ライルの耳に名を呼ぶ声が風に乗って届いた。それは テリアスの声。

『貴方は連れて行けない。ほら、呼んでいるわ』


渡りの樹で、マオを待っていて

マオの 在りたい場所は 貴方だから


ミクの優しく囁くように発せられた言葉と同時に真緒の身体を包む繭は光を放ち始めた。

咄嗟に 真緒を抱こうとすれば、見えない力に弾かれて ライルの身体は幹へと押しやられた。


輝きの収束と共に静寂に包まれた空間で、ライルの身体も 光を纏った。

「…えっ…?」

自身に起こっている変化に戸惑う。


マオと共に 在りたい


強く 強く 心に願う


待っているよ マオ ━━━━━━




テリアスの声が、急速に近づいてくる。

慌てた声が、強く揺する手が その温もりが、やけに生々しくて意識が引き戻されてゆく。


痛いです、兄上。

そんなに心配なさらなくても わかりますよ…


「どこか 痛むのか!」

少し焦ってような表情が薄目に映る。テリアスの焦った様子に苦笑いを浮かべたつもりだったが、顔を顰めたように見えたのだろうか。しきりと身体を擦り確認するテリアスの横には、仏頂面を繕い、歓喜を隠したニックヘルムがいた。


「…大丈夫ですよ、兄上。どこも痛くはありません」

思ったより声が出なかった。掠れ声に驚いていると、水が差し出された。有難く戴く。

身体に染み渡るような美味さに、ひと息で飲み干すと辺りを見回した。


落ち着い装飾の室内は、王家の庭にある邸宅の一室だった。


なぜ、ここに?


顔に疑問が浮かんでいたのだろうか、ニックヘルムは椅子に深く座り直すと、表情を和らげて教えてくれた。

「あれから5日経っている。渡りの樹にお前が現れるまでの間、テリアスがお前を捜索したのだが、見つけることができなかった。山神のナキア姫が渡りの樹に気配を感じる、と知らせてくれたのだ」

「あぁ、そうだ。マオの気配がする。そこにお前が現れる、と知らせを受けて 昨日から渡りの樹で待っていたんだ」

無事でよかった。ニックヘルムに継いで話し始めたテリアスの言葉には 安堵の気持ちがこもっていた。手の温もりと共にライルの心に伝わってくる。こんなにも感情深いひとだったのだと 改めて思う。


診察をした医師と共にふたりが部屋を立ち去ると、ライルも浅い眠りに誘われる。抗うこともせず、その眠りに引き込まれながら、思う。


マオは母であるミクに抱かれて、渡りの樹にいるのだろうか…

























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