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188.力強い手

━━ 熱い!


身が震える激しい痛みは、業火に焼かれているようだ。痛みなのか、熱なのか、それすら分からない。

呼吸もままならない状態に、喉を掻きむしり喘いだ。

自分の身体なのに、身動きが取れない。

苦しみから逃れたいのに、身動きすら許されない状況に、殺してくれ!と叫ぶ。

血を吐くような訴えさえ、声にならない。

何かに縋りたくて、宙を掴もうと手をのばそうとするが、それも意味をなさなかった。


「エイドル!しっかりしろ!」

身を焼く地獄にもたらされた 蜘蛛の糸。

その声にエイドルは一条の光を見た。伸ばされた糸に必死に手を伸ばす。

その糸は細く頼りない。 見失いそうになりエイドルを酷く不安にさせた。業火に落ちてゆく自分に恐怖し、必死にもがき、足掻く。

ようやく掴んだ糸の先に、力を込めて自身の身体を引き寄せた。痛みに貫かれ声が漏れる。肉が割れ、骨が軋む。その感覚に襲われても、エイドルの力が緩むことが無かった。しかし、力の持続には限界があった。

指からすり抜ける感覚に、絶望が襲う。


そのとき、空を切る指を力強い腕が掴んだ。

勢いのまま引き揚げられ、眩しい光に吸い込まれる。あまりの眩しさにエイドルが眉を顰めると、大きく身体を揺すられ、激痛に呻いた。

「エイドル!おい!」

「やめろ、ダン。エイドルが死ぬぞ」


…死ぬ…?じゃあ、生きているのか…?


身体を揺する力が緩まることはなく、やり取りは続いていた。


…煩いな…


父さんの声だ。何をそんなに焦っているんだろう?

珍しいな…

重い瞼は なかなか言うことを聞かない。


「…と…さん…」

呻き声が漏れる唇が、言葉を紡ぐ。乱れる呼吸が息苦しさを加速させ、エイドルは空気を求めてもがいた。

「ここにいるぞ!」

ぐっと握られた手はゴツゴツしていて、乾いていた。

力加減もなく握られた手は、痛くて 熱かった。

やっとこじ開けた瞼は、瞳いっぱいに必死な顔のダンを映し出した。焦点が合い始めた瞳は、父と息子を結び付けた。

「…」

声が出ない。無音で紡ぐ言葉はエイドルの想いをのせて、ダンに伝わったようだ。

大きなゴツゴツとした手はエイドルの額に置かれるとそのまま髪を撫でた。

「今は休め。もう大丈夫だ」


あぁ、引き寄せてくれた強い腕は これだ。


息苦しさも 身体を絶えず襲う痛みも

━━━ 生きているからこそだ

俺は ━━ 確かに 生きている


「よくやった。奴らは捕らえた」

この声は、師団長…?

安堵はエイドルを再び深い眠りへと誘う。

「とにかく 休むんだ」

幼子をあやすような父の声に、エイドルは頷いた。


…親不孝 しなくて済んだのかな…


でも 投獄されるのだ…裏切った事実は変わらない…

奴らと通じ、マオを連れ出したことは 逃れられない 【罪】だ


…ごめん 父さん。でも、今だけは父さんの息子で居させてください…


エイドルは尊敬する父親の温もりに包まれて意識を飛ばした。



「…ひとまずは意識も戻りましたし、大丈夫でしょう」

解毒剤が速やかに投与されたことが良かった、医師の顔にも安堵が浮かんでいた。

眠りに落ちたエイドルを診察した医師は、ダンとライックにそう告げると、静かに退室していった。見送りもせず、エイドルを見つめるダンの横にライックは並ぶと、肩に手を置いた。

「良かったな」

「あぁ…」

ライックの労いにダンも短く応じた。

手からこぼれ落ちる砂のように、エイドルの生命がすり抜けていく恐怖は、どんな敵に向かう状況よりもダンを打ちのめした。膝の震えが止まらない。


神を信じたことはない

しかし、今なら 素直に 言葉が紡げる


『 神の加護に 感謝します 』



「傍についててやれ。こっちは任せろ」

既にクバムは捕らえており、奴に繋がる者たちはイザが捕らえている。

ライックはそうダンの背中に告げると、扉に足を向けた。

「…エイドルは裏切り者じゃない、ダン、お前もだ。だから…俺の気持ちを裏切らないでくれ」

ライックの懇願にも似た声色に、ダンは初めて息子から視線を外した。振り返らないライックの背中に視線を向ける。

「ライック、俺は…」

ダンの言葉を遮り、ライックは聞きたくない、とばかりに言い募った。

「そんな責任の取り方は許さない!この先も王家に仕えるんだ ━━━いや、 俺を 支えてくれ…頼む…」

吐露された言葉は、ダンの胸を突いた。


息子(エイドル)がやったことは、王家を裏切る行為。ダンは自身の生命と引き替えることで、エイドルの助命を願いでるつもりでいた。

ライックはそんなダンの気持ちを知っているのだ。

そして、ダンの覚悟を止めることは、ダンを苦しめることにしかならないことを知っている。


それでもだ。

罪の責を負うつもりなら 生きてくれ…!


「…生き恥を晒すことで許されるなら、喜んで受けよう。だから お前は俺たちを 庇うな」

助命嘆願をするなよ、王命に従うまでだ。

ライックは一度も振り返らず、扉の向こうに消えた。

その足音が遠ざかると、エイドルの息遣いが聞こえてきた。

熱を帯びて火照るエイドルの額のタオルを交換する。

まだ荒い息遣いも、紅潮する頬も エイドルが生きている証だ。


血に染った手に、天使は微笑まない。

この先にあるのは修羅の道。

いや、振り返っても血塗られた道だけだな…


胸元から封筒を取り出し、月明かりに晒した。

それは エイドルの生命を繋ぐための 嘆願書。


━━ 地獄の門まで付き合ってやるよ、ライック。

乾いた笑みを口許に浮かべ、ダンは目を閉じた。


先立った仲間が、この手にかけた亡き者たちが手招きしている。


…安心しろ、そのうち いく。それまで 待ってろよ…


室内を照らす灯りは、一瞬 鮮やかな炎を伴って封筒を灰にした。

その灰を、開け放たれた窓から抜ける風が持ち去った。


初夏の熱を含んだ風が、父と息子の空間を吹き抜けていった。














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