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187.誓い

エイドルの背中を見送って、ライルは改めて真緒を抱き締めた。規則正しい呼吸が 薄く開いた唇から漏れている。その唇をそっと指でなぞれば胸の奥が熱を帯び、切ない気持ちになる。

「マオ」

口をついて出たのは名前だけ。

伝えたいことは沢山あるのに、言葉にできなかった。


胸元に目をやれば、仄かに光る小袋が ライルの心を急き立てた。

渡りの樹に呼ばれているのか…?

何かが 聞こえる訳では無い。 感じるのだ。


目を閉じて 感じるままに従ってみる。

閉じた瞳は暗闇しか映さない筈。なのに 瞼の裏に柔らかい光が映る。それは、瞳を開いても消えるものではなかった。

その光は ダウジングのように ライルと真緒を誘う。

ある場所に近づくにつれて輝きを増した光は、眩しい閃光となって真緒の身体を包み込んだ。光に真緒が奪われないようにライルは抱く腕に力を入れた。

すると、自身の身体もその強い輝きに包まれていく。あの光の中を抜けていくときの感覚に似ていた。


…引き寄せられている…


何かが身体の中で満ちてゆく感覚に身を任せて、真緒に意識を集中する。 もう 離さない。

陽だまりのような心地よい温かさに包まれて、ライルは意識を手放しかけたが、抱く腕が重さを失っていることで 強引に意識を繋いだ。


腕の中に 光に包まれて 彼女はいた。

…違う。

目の前に存在するが、触れることができない。

前後左右のない空間に漂っている。自身の身体も伸ばす腕の感覚も得られない。

視界に映る真緒が消えてしまわないように、瞬きもせずに瞳に捕らえ、その空間に腕を伸ばして掻き抱こうと試みた。

「連れていかないでくれ!」

空を切る腕を必死で伸ばし、ライルは叫んだ。

光の中で真緒の身体は透けてゆく。湧き上がる焦燥感がライルを支配してゆく。

叫んでも 声は 音にならない。

それでも 言葉にせずにはいられなかった。


(━━ ミク!)


強く願った相手の名に ライル自身も驚愕した。

なぜ、彼女(ミク)の名を呼んだ…?


その瞬間、マージオの指輪が強い輝きを放ち、ペンダントはそれに共鳴して輝きはじめた。ベンダントを指に絡めて握り込む。


(マオを、貴方の娘を…護ってくれ!)


握りこんだ拳から閃光が漏れる。

強い光の矢は 拳を球に変え、まるで焔が立つようだった。感じる、身体の感触。

ライルは迷うことなくその拳を 真緒の胸元に在る 光の核へ伸ばした。


望むのは マオと 共にあること ━━━━━


愛してる ━━━


雷に打たれたような刺激が身体を駆け抜ける。それでも構わず、光を握り込めば、自身の腕に伝わる確かな感触と温もりを、一層力を込めて手繰り寄せた。ピリピリとした電気がライルの身体を苛む。強まる痛みに構うことなく真緒を抱き寄せた。


「…ライ…ル?」


━━━ 空耳だろうか?

音のない空間で 確かに耳に届いた 声。

その声が紡がれた唇が、震えている。


塞ぐ唇の温もりが、全てを霧散させた。

想いを込めた吐息が、互いを包み合う。

我慢できず、ライルは真緒の腰に手を回して強く身体に引き寄せた。更に深く唇を求めれば、真緒が身じろぐ。逃がすまいと、片手で真緒の後頭部に力を入れた。

更に熱を帯びた吐息は蠱惑的で、ライルを捉えて離さなかった。

別の刺激が身体を駆け抜け、熱が集まる。

やがて強い光の中に包まれたふたりの身体は、光と共に 爆ぜた。


真緒の熱を感じ、至上の幸福感に包まれていたライルに 爆ぜる直前 自身を呼ぶ声が届く。


(…兄上…)


その声に一瞬、ライルは現実(うつつ)に意識を向けたが、抱いた熱と共に 意識は光に溶けていった。



「ライル!!」

テリアスは光に溶けていく弟の名を叫んだ。

行く手を阻む者たちを倒しながら、駆けつけてみれば弟の身体は光に取り込まれていた。

その横顔には微笑みが浮かび、幸せに満ちていてた。初めてみる柔らかな表情は、かつての母の顔を想起させた。

「行くな!戻ってこい!」

力の限り叫んだが、その声は届いたのだろうか?


あまりに満ち足りた表情に、母の死顔がフラッシュバックする。

テリアスは光が収束する空間を凝視し、膝から崩れ落ちた。

「…ライル…!」

ぐっと地面を握り込めば、その拳に煌めく粒子が舞っていた。青紫の煌めきの粒は、テリアスの拳に集まっているようだった。煌めきは 舞い落ちる雪のようにテリアスの拳に溶けた。


…どれくらいの時間(とき)が経ったのだろう。

そこは 瓦礫の広場が静かに 月に照らされていた。

爆発音も、剣戟の音も、ない。

精霊の訪れ そう呼ばれる泉が静かに湧き上がるのみ。

のろのろと身体を起こすと、己の拳に仄かな熱を感じて視線を移した。

見た目は変わりない。

握りこんでみるが、違和感はない。


じっと手を見れば、砂混じりのこびりついた赤黒いものが目についた。泉に手を浸し、汚れを落とすと顔を洗った。波状が治まれば、ギラギラした男と目が合った。


こんな 己の顔をみるのは久し振りだ…


無気力な澱んだ瞳が当たり前だった。

私は いつの間にか 失ってしまっていたのだな…


乱暴に 顔を洗う 何度も 何度も 何度も



━━ 必ず 取り戻す!


決意に満ちた瞳が水面に映り、テリアスはその瞳を掴み取った。腕を中心に波状に拡がる小波(さざなみ)に、青紫の煌めきが漂う。


青紫の煌めきは ライルへの道標


仄かに熱を帯びた拳を胸元に押し当てて 誓う


立ち上がり、振り返ることなくその場を後にする後ろ姿を、月光は優しく照らしていた













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