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185.はかりごと

エイドルは未練の思いを断ち切り、真緒に背を向けた。

「…どこにいく?」

再び瓦礫の中へ向かうエイドルの足を止めたのは、自身を呼び止める声だった。驚きに心臓が激しく打った。気配など感じなかった。それは 人などいる訳が無い、そう思い込んでいた自身の甘さだろうか。

呼吸を整え、その聞き覚えのある声に向かい、ゆっくりと向き直った。

「…ライル様、どうしてここに?」

瓦礫の影から現れたのは上下黒衣に身を包んだライルだった。つけてきた、あっさりと言われ、自分の愚かさに気付かされる。これがあの男の手のものだったら、目的も果たせないまま殺され、真緒を奪われていたかもしれない。その考えに至って背中を冷たいものが流れた。

自分の愚かさに視線を外すと、ライルはエイドルの目の前に立った。

「俺が護りたいのはマオだけじゃない。マオだけが大事なんじゃない。エイドル、俺を頼れ」


お前と共に 在りたいと お前を望む者がいること

お前の力になりたいと 願う者がいることを


エイドル、お前も大事なんだ。

ライルは想いを込めて、エイドルに向き合った。

お前を ひとりにさせない

マオを 悲しませるな


言葉にすれば、エイドルはゆっくりとライルに視線を合わせてきた。不安げな瞳が揺れている。

きっと心を決めてからも悩み、不安に押しつぶされそうになりなが、今日まで堪えてきたのだろう。


「クバム」

ライルは黒幕の名を告げた。知っているぞ、と。

「お前のやりたいようにすればいい。マオは俺が護る」

両肩を強く握り込んだ手から、ライルの想いを確かに受け取ったエイドルは、力強くうなづいた。

「マオをよろしくお願いします。きっと、その石が渡りの樹へ導いてくれる筈です。渡りの樹の力を得られれば、マオはこの世界と繋がれると思うのです」

エイドルは真緒の胸元の輝きを指さした。

ライルは指されるまま視線を向けて、目を見開いた。


あれは…!


真緒に駆け寄り、その輝きの正体を見つめた。

青紫の小さな欠片たちは、まるで星の砂のようだった。

ひとつづつの光は弱く頼りないが、それらは共鳴して光を放つ。まるで何かを呼び求めているかのようだった。


惹き合いの石 ━━━━


濁流を止めるときに強い輝きを放ち、砕け散った。真緒の胸にあるのはその欠片だった。

「渡りの樹の力を得て作られたものだと、ライル様と繋がっているんだと…」

だから預かっていて、ライルを引き寄せたら消えちゃうことがしれてしまうから。

真緒の言葉を最後まで口にすることは、エイドルにはできなかった。真緒が知られたくないことを口にしたくなかった。言葉の途中で口を噤むんだエイドルにライルは事も無げに告げた。

「身体が透けていたんだろう?…それはこの世界との繋がりが不安定になっている証。このままではこの世界から消えてしまう。マオは俺に知らせるな、そう口止めしたんだな」

ライルが寂しげな表情をうかべ、切なげに真緒の頬に触れた。

…知っていたのか…

それでも 黙って見守っていたのか…

愛する人に打ち明けて貰えない 苦しさ

消えてしまうかもしれない 恐怖

…それでも この人(ライル)は、マオの想いを尊重したんだ


━━━ 敵わないな…


真緒は ライルを 想い

ライルは 真緒を 想い


互いを想いやって 大切なことを告げなかったのだ

自分が入る隙はない。


さようなら マオ ━━

ライル様がいるから 俺は安心して 立ち向かえる


「マオを頼みます」

エイドルは深く頭を下げて踵を返した。もう振り返らない。瓦礫の道へ進む足取りに迷いはなかった。その背を、ライルの声が追いかける。

「死ぬなよ」

必ず マオのところに帰ってこい。

その言葉に胸が詰まった。

エイドルはそのまま瓦礫の隙間に身を滑らせた。



瓦礫を抜けて、横道に逸れてかつてのエントランスに回り込む。月影に動く者が、瓦礫に怪しい影を映す。

「…遅いですな」

エイドルは声の主の前に、ゆっくり姿を現した。

「…お連れの方はどちらに?」

「この話が真か判断してからだ、クバム」

くっくっく、低い忍び笑いが辺りに響く。もう偽る必要がない、と判断したのかクバムは月明かりの下 フードを外し、好々爺然とした様相で、エイドルと対峙した。

「渡りの姫はどちらに?…いや、お聞きするまでもないか。貴方に聞かずとも、手の者が既に手に入れていることでしょう」

その言葉と同時に、瓦礫の影から現れたのは闇に溶け込む暗部のものたちだった。月光に光るのは手に持つ短刀か、感情のない双眸か。


…やはり俺は不要という訳だな。

夜目にもかなりの数の気配があった。

エイドルは慌てることなく後ろに下がると、瓦礫の中に手を差し入れた。手繰(たぐ)ったロープを力いっぱい引き出し、地面に置かれていたランタンを蹴りあげた。

ナイアガラの滝のように炎の閃光はロープを伝い、 辺り一面に煙幕を張った。

「ほぅ、少しは考えていたようですな」

しかし炎の囲いがどれほど役立ちますかな、小馬鹿にした物言いでエイドルを挑発し、クバムは逃げることもしなかった。勝敗は分かりきったこと、無駄な足掻きだとでも言う態度だった。

そんな見下したた態度も、背後からの爆風に飛ばされてエイドルの足元に伏したことで一変した。次々と激しい炎を上げて爆風が迫る。布に仕込んだ粉が炎を受けて爆発を生む。

襲い来る相手の剣を受けながらエイドルは 逃げられないようにクバムを踏みつけた。

クバムは短剣をエイドルに向けて払った。

咄嗟に躱したが、剣先がエイドルの太腿を掠めてゆく。

痛みに顔を顰めながらも クバムを蹴り飛ばし、その勢いのまま背後の男を振り返りなぎ倒すと、いい腕だ、と賞賛の声がかけられた。


見知らぬ男が月を背に、爆風の中で 滑らかな動きで更に二人 薙ぎ倒していた。

「お目にかかるのは初めてですな」

息も乱れず、滑らかな剣さばきは剣舞のようだ。父は勇壮な男舞なら、目の前の男は優雅な女舞のようだった。月の光に煌めく剣先は、花をまう蝶のように誘い込まれる。

エイドルは 視界にそれを捉えながら目の前の敵に集中した。目が霞み、手足の動きが重く感じるが、それに気を取られないように目を凝らし集中した。


「捕らえよ!」

鋭い声が辺りに響き、剣戟の音がひと時激しくなった。エイドルは瓦礫を背に闘っていたため、その音が瓦礫に反響して、戦場にいるような錯覚を覚えた。

敵が増えたのか、味方が加勢しているのか、朦朧とする意識を必死でつなぎ止めて状況を見極めようとした。


よく見えないのは月が雲に隠れたからだ…

よく聞こえないのは 爆発で鼓膜を痛めたからだ…


…あれ…?


力が…入らない…


エイドルはがく然として地に膝をついた。

息が できない。

吸うのにも、吐き出すにも かなりの労力が必要だった。

溺れる…

地面に吸い込まれ沼に沈むような感覚が身体に重くまとわりつき 離れない


「エイドル!」

強い力で支えられ、名を呼ばれた。必死で目を開こうと試みたが、重い瞼は言うことをきかない。

「ダン!」

呼ばれて駆け寄ってくる 父の気配がする。

父さん?なんでここに?

「しっかりしろっ!」

父さんのそんな声、初めて聞いたよ。焦った顔してるのかな?頑張って瞼を押し上げたが、暗闇しか見えない。


残念だな…


エイドルの呟きは 声にならず、僅かに唇が震えただけだった。

















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