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182.雨上がりの午後

幸いなことに、透けた腕は部屋に戻るまでの間に見た目も感覚も戻っていた。びしょ濡れの真緒の姿に青ざめた侍女たちが、慌ただしく部屋を行き来する。

その間、エイドルは自身のマントで真緒をしっかりと包み込み、何も言わずに傍に居てくれた。

お湯の仕度が整ったと侍女から声が掛けられると、エイドルは真緒の髪に唇をそっと落とすと、今晩は寝ずの番は不要だ、そう侍女に指示して、そのまま部屋を出ていった。

湯浴みを終えて、そのままベッドに押し込められた真緒は、火照る身体を持て余して寝返りをくり返した。片付けに追われているのか、廊下からは足音や人の気配がする。それが別世界に感じるほど、室内は静かだった。

室内には真緒ひとり。

扉ひとつ隔てただけで、ひとりぼっち。

世界にひとり置き去りにされたような、心細さにどうしようもなく不安になる。

自身の身体を抱いて、感触と温もりを確かめた。

鼓動が真緒を慰め、規則的なリズムは 眠りに誘う。

(…少し寝よう…)

眠気に逆らうことなく、重い瞼を閉じた。



昼過ぎに雨は上がった。

嘘のように晴れ渡り、雲ひとつない青空が広がっていた。草木は雨露に濡れ 強い香りを放ち 深緑を際立たせ、その輝きは 陽射しに反射して煌めき、初夏をおもわせる風を運んできた。


そんなに爽やかな午後に似つかわしくない 厳しい表情でエイドルは神殿の跡地がみえる丘に佇んでいた。

神殿はそのまま再建する予定だったが、地下に広がる 精霊の訪れ と呼ばれる地下空間の存在を隠匿するため、敢えて場所を変えて再建された。

原因不明の爆発の調査、そんな理由をつけて 人の出入りが厳しく制限されている場所だった。

常に騎士が警邏し、近づくことすら容易ではない。これではマオが精霊の訪れに近づくことは難しい。

体調を崩した後から、真緒の身体は 透けていく範囲が広がり、戻るまでの時間が延びている。

そして、足が透けてしまったときから、マオが眠れなくなっていることをエイドルは知っていた。


もう時間が無い。

真緒を 精霊の訪れ に連れてゆく。

渡りの樹の力を借りてこの世界に繋ぎ止める術を得るんだ。


マオの存在が消える ━━


想像しただけでも 足が震える。身体の内が凍てつくような痛みが走る。心が鷲掴みされるような苦しさに襲われた。


失いたくない

この腕に抱けなくても

その瞳が自分以外を 見つめていても


瞑っていた目をゆっくりと開き、握りこんだ拳に更に力を込めた。まるでそれはエイドルの決意を表しているようだった。

何度か深呼吸を繰り返し、辺りに人の気配が無いことを確認すると、エイドルは(おもむろ)に瓦礫の山へと身を滑らせていった。


エイドルが瓦礫に消えたのを確認すると、テリアスは警戒を解いた。

「ライル、いるんだろう?」

背後に声を掛けると、音もなく姿を現した。

「…私の監視役か?」

冗談半分 本気半分でライルに問えば、そんなところだと事も無げに答えたが、視線は消えたエイドルを追い、意識もそこに向いているようだった。

「…マオは?」

「今は眠っています。やはり体力の消耗が激しいようです」

エイドルの背に庇われていた真緒の震えている背中が頭をよぎる。消えてしまいそうなくらい儚げな身体を抱き締める幻想に囚われて 腕に力が入り、ハッとする。そんな様子のライルにテリアスは、慈しむような眼差しを向けた。

「大事か、マオが」

「はい … 私の全てです」


感情の乏しい、表情のない弟だった。

母が亡くなり、一層職務に邁進する父と共に、屋敷に帰ることも無くなっていた。屋敷に戻れば顔を合わせることもあるが、歳も離れているためか会話もなかった。ライルが近衛騎士として王宮に上がっては、職務としての会話を交わす程度。

それが今では(ライル)の恋愛について話をする関係になるとは。わからないものだ。

でも、こんな関係も悪くないな…

テリアスは失ったものが多い中で得た 自身の妻や娘、弟に対する感情を嬉しく思た。

「…きた…」

テリアスの思考を遮るように、ライルが低く呟く。

ライルの視線の先に、エイドルが現れた。

二人は茂みに身を潜めていたため、エイドルは気づくことなく去っていった。

二人も後に続く。別邸に戻るのだろう。


ライックによって、意図的に警備が手薄にされた神殿跡地周辺は、既にサウザニアの手のものが目を光らせている。

それを監視するように、ダンが率いる(シュエット)がそれらを取り巻いているのだ。


夜闇の宴の幕開けは、日暮れが合図だ。

既に緊張が高まりつつある森に静かに西陽が差し込むんでいた。










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