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18.マージオ

王家の庭がある森は、建国以来王家所有の土地である。森のひと区画に王家所有の邸宅があり、国王の祖母ナルテシアが晩年暮らした場所でもある。

国王マージオは幼少のころ、ここでナルテシアと過ごした。幼い頃に正妃であった母を亡くし、後ろ盾のないマージオの身を案じ、ナルテシアが呼び寄せたのだった。

ナルテシアは精霊と会話ができる一族の末裔であったが、一族の衰退と高齢であることで 今は精霊の気配を感じることができる程度だった。

ナルテシアの血を濃く受け継いだのはマージオだったが、マージオも気配を察する程度のものでしかなかった。それでも、渡しの樹に精霊の気配を感じとることができた。渡りの樹はマージオにとって癒され 心安らぐ場所であった。


ナルテシアの死後、マージオは王城へと戻った。

数年後、先王が突然崩御したことで王位を巡って国内が荒れた。マージオには腹違いの兄達がいた。争いの中で共倒れとなった兄達に代わり、マージオが王位に就いた。

長い権力闘争の末、国は荒れ、国民の気持ちは王家から離れていた。マージオは国のため、国民のために尽くしたが、先の見えない現状に身も心もすり減らし、いつしかその顔から表情が消えた。

執務に支障がないものの浴びるように酒を呑み、眠る事のないマージオの姿に危惧し、当時側近の一人であった宰相はナルテシアの墓参りを理由に、森の邸宅での静養を強行したのだった。


季節は夏。マージオが森の邸宅で静養するには良い季節だった。少数の護衛のみで森を散策し、渡りの樹を訪れ、湖畔で過ごすのが日課であった。

そんな日々を過ごすうち、マージオの心身は癒されていく。荒れ地が水を得ていくようだった。

昔はここで絵を描いていた。

描いてみようか、そう思えるくらいに心が潤いを取り戻していた。灰色の世界は再び色彩を取り戻し、意欲という泉が湧いていた。


「素敵ね、写真みたい」

突然声を掛けられ、マージオは驚いた。この湖畔で誰かに会うことなどなかった。振り返るとそこにはストレートの黒髪の娘が立っていた。

「この湖を描いたのね。そのまま切り取ったみたい。あなた上手なのね」

その娘はイーゼルに置かれているキャンパスを、目を輝かせてみつめていた。マージオは驚きで声が出せず、その娘のすることをただ眺めていた。娘は隣に並ぶと 固まっているマージオに微笑んだ。

「私、未久。貴方は?」

黒曜の瞳は真っ直ぐマージオの瞳をとらえた。

それが未久との出会いだった。

未久は昼下がりになると湖畔を訪れ、絵を描くマージオを眺めたり、他愛もない話しをしていく。

未久はマージオが何者であるのか訊ねなかった。マージオにとってそれはとても嬉しいことだった。王ではないマージオ自身と向き合ってくれる唯一の人。二人が心通わせるのに時間はかからなかった。


マージオが王都へ戻る日が近づいてきた。

意を決して身分を明かす。知ってる、未久は事も無げに言った。警護で多くの騎士が森に常駐している。村で噂にならないわけが無い。知って尚、態度の変わらない未久が愛おしかった。離れたくなかった。

一緒に王都へ来てほしい、そう告げると首を横に振り私の居場所はここなの、ここには私を必要としてくれる人達が沢山いるから、と笑った。

そうだ、未久には権力に縋る魑魅魍魎の住む王城は似合わない。自分が会いに来よう。

そう、ここは自分を取り戻す場所。


「…陛下、そろそろ到着いたします」

幸せな記憶に身を委ねていたマージオは、宰相の言葉で現実に引き戻された。

またミクを失った季節がやってきた。いつもは喪失感を再認識する訪問だが、今回は違う。

ミクの気配を感じる。

ミクが姿を消してから18年間。

(やっと逢える…ミク…)










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