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179.背負う罪と決意

王宮から離れた場所にそれは存在する。

かつては王族を終生幽閉するためのものだった古い監獄は 半地下になっており 、下草と崩れた石垣が周囲を覆う。

今はそうであった事実を知るものもなく、人々の記憶にすら存在しないものだった。


現在の囚われ人はテリアス ただ一人。

鬱蒼と茂る森の一角は、闇に蠢くものたちには格好の活動場所だった。


今宵も月の光を避けて、集う者あり。

下草を踏む足音に、テリアスは読みかけの本を机に置いた。天窓の下にあるソファに身体を預けて目を瞑り 、 潜ませた声に集中する。

「騎士様に二心はありませんな?お気持ちに変わりはないと存じます。我々は貴方様のお力になりたいのです」

勝手なことを言ってるな…

鼻で笑う。腹黒い奴らの常套句だ。

この場所は、王妃の別邸に抜ける森にある。王宮から離れているとはいえ、警備はそれなりに厳しいものだ。それを連日立ち入れるということは、王妃の周囲の者で、周囲に違和感を持たれない人物ということか。声だけでは判別できないが、特徴のあるイントネーションが、人物の特定を容易にしそうだ。

「私は危ない橋を渡るのだ。サウザニアで受け入れてくれるお方のことを知りたい」

護衛騎士の声だろう、若い男の声が確信に切り込む。


この騎士は、本当に裏切るつもりがあるのだろうか?


会話の流れは、いつも何かを探っているようで、意図的だ。ただ、相手の方が上手だ。上手くはぐらかされている感が否めない。この騎士は、こういった腹の探りいには向いていないのだろう。慣れ、というよりは性格的なことのように思えた。


二日後の決行を控え、細かい段取りがやり取りされていく。騎士は再建途中の神殿で保護して欲しい、と譲らなかった。そこに黒幕が現れない限り、彼の姫を引き合わせるわけにはいかない。その主張は一貫していて、相手も折れるしかないようだった。

声が途絶え、派手に足を踏み鳴らしながら、明らかに騎士ではない方の気配が消えた。

今日はこれで終いか…

テリアスも立ち上がろうと手をかけたとき、ため息が天窓から漏れてきた。

テリアスはその気配に集中する。

新たな待ち人が来るのか…?

そんな期待は裏切られ、騎士の元を訪れる者はなかった。ただ、気配だけが、留まり続けていた。


「…ごめん、父さん…」

涙声で呟かれたそれに、ライルは思わず声をかけてしまった。

「━━ おい」

緊張する気配がする。

「悔やむくらいな 辞めるんだな」

しばらく沈黙のあと、騎士は警戒心むき出しの声を出した。

「誰だ?」

直球だな。どこにいる?とは聞かないのだな…

まさか地下に人が居るとは思うまい。退屈しのぎにはなりそうだ。ライックには既にこの騎士のことは伝えている。あの男なら裏切り者を利用して、膿を一掃するだろう。自分は知り得たことを知らせたまでだ。

「━━ 何故このようなことに加担する?」

一貫して聞き流し 拒否していたのに、昨日一転させたのは何故だ?

護衛騎士・エイドルの質問には答えず、テリアスは疑問をぶつけた。再び緊張を孕んだ沈黙が支配する。返事はない。テリアスも返事を望んだ訳では無い。言うなら聞くぞ、そんな程度だ。

しばらくの沈黙を経て、エイドルは独り言のように呟いた。

「…護りたいんだ、大切な人を。家族を悲しませることになっても、その人には幸せに笑っていて欲しいんだ」

一度口にすれば、堰を切ったように言葉が紡がれた。

「彼女には想い合う人がいる。俺も二人には幸せになって欲しいと思ってる、嘘じゃない。

俺がこの話に乗れば、悪事は白日の元に晒される。そうすれば奴らを捕らえることができる」

…やはりな、この男は囮になるつもりなのだ

「彼の姫は病気なのか?」

エイドルの息を飲む気配がした。もうここまで話しておいて 今更だと思ったのだろう。すぐに返事が返ってきた。

「病じゃないんだ。呪いでもないし…なんていえばいいのか…」

「渡りの樹が関係しているのか?」

なんでわかるんだ!凄いな…、神か…

テリアスの言葉に、素直に驚きを口にするエイドルの純朴さに、好感が持てた。

「彼女の身体が透けていくんだ。始祖の力を繋いだことによるものらしい。このままでは、彼女はこの世界に存在しなくなってしまう」

「…だから神殿にこだわったのか…」

「神殿には渡りの樹の分身がある、と聞いた。そこならば彼女を助けられるかもしれない。以前、神殿が破壊されたときに、彼女は神殿の地下で精霊に会ったのだと言っていたんだ」

…あのときか。ライルを見つけ出したのはマオだ。

神殿の地下、精霊の訪れと言われる地。

ライルは助け出されたとき、ミクの声を聴いた、と言っていたな。

「その男に彼女を護ってもらえばいい、お前が囮になる必要は無いのではないか?」

「あの方は知らない。彼女に口止めされている。自分が消えてしまうことを知られたくない。そのときまであの人を悲しませたくないからって」


彼女を救ってやりたい

今ある悪意から護りたい


そんな願いが伝わってくる。

なんとかこの騎士を助けられないものか。


「決心は変わらないんだな」

「ああ」

自分が死んでも、あの方が彼女を護ってくれる。

それでいいんだ

どこか吹っ切りたような声色に、テリアスの胸に切なさが募る。

まだ年若く、真っ直ぐな青年を 死なせたくない。


会話の途切れから、沈黙が支配する。

やがて 静かに足音が遠ざかり、静寂は エイドルが立ち去たことを知らせた。

テリアスはソファに身を沈め、ながく息を吐いた。


…ヘルツェイも、こんな気持ちだったのだろうか。

諌言を聞き入れなかった私を助けるために、マオを手にかけようとした師であり兄であった(ヘルツェイ)。私の助命を条件に、父の手先となってユラドラへ赴いたときく。

私はその思いに値する存在なのだろうか。


扉が開く気配に、テリアスは思考を中断させそちらに集中した。室内に灯りは無い。月明かりだけでぼんやりとした視界があれば十分だった。

複数の気配にテリアスに緊張か走った。暗闇に目を凝らす。

誰だ…?

看守ではない。あの男は室内に入らない。では誰だ?


「久しいな、テリアス」

目深に被ったフードを外し、月明かりに晒されたのは父・ニックヘルムだった。





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