178.情報の出処
この数日、頭の上から不穏な会話が聞こえてくる。
半地下にある堅牢な監獄に幽閉されている身では、どこかに立ち去る訳にも行けない。聞きたくなくとも耳に入ってくるのだ。貴族社会は腹の探り合い、騙し合い。魑魅魍魎が住む世界だ。一度はその社会の中で足掻いたが、その結果が囚われの身だ。
不穏な会話はいつも一方的で、美辞麗句を並べ、美味しい言葉で勧誘するが、相手にはその気がないようだった。
それでいい。そんな話に乗ってはいけない。
第三者の立場でジャッジを下し、今日もその会話を聞いていた。
「彼の姫を お望みなのでしょう?宰相の息子の手に渡れば利用されるだけ。我が国なら、お二人をお守りできますぞ」
宰相の息子…?…ライルのことか?
では、彼の姫とはマオのことか…?
集中して話を聞いていけば、状況がだんだんと掴めてきた。マオの体調は深刻らしい。
そして勧誘されている相手は護衛騎士であり、マオに想いを寄せていることを利用されている。本当の目的は、マオをサウザニアに連れ去ること。
サウザニアの第四王子・イヴァンがマオを連れ去ろうと計画して失脚した。それを受けて、国内の混乱を避けるため、サウザニア王はようやく第二王子を王太子と定めた。それを不服とする第一王子か第三王子の手のものだろう。渡りの姫を手に入れれば一発逆転も有りうるからだ。
男たちの気配が消えたのを確認して、監獄の看守を呼んだ。
【嵐の夜に尋ねよ】
これは 梟の隠語。
簡単に言えば、耳寄りな情報あり 的な意味だ。
ライックに伝えてくれ、幾らかの金貨を掴ませて頼むと、看守は心得たとばかりに引き受けてくれた。
さて、あの護衛騎士はどう答えを出すのだろうか。
ライックの呼び出しに応え 部屋を訪ねると、そこにはダンとヴィレッツが共に待っていた。
何かあるのだな…
不穏な空気を察して、イザの表情が厳しいものに変わる。指定された席に着くと、ライックが口火を切った。
「サウザニアの奴らが、懲りずにマオを狙ってる。
…どうやら第一王子のようだな」
言葉を切って、ダンに視線を移す。
「護衛騎士を取り込もうと画策しているようだ」
間違いなく、エイドルのことだろう。
「マオと添い遂げさせてやるから、共に亡命しろ、士官の道があると、持ちかけている」
その内容にヴィレッツは眉を上げて、ライックに視線を向けた。
確かな情報なのか?
その問いの答えは、意外な情報の出処だった。
「テリアス様だ」
その事実には一様に驚愕の表情を浮かべ、ライックに視線が集まった。
テリアスが投獄されていることは、こここにいる者は知っている。その監獄は離れた場所にあり、監獄があるとは知らず、そこを密会場所に選んだようだった。
「エイドル、か…」
ライルはエイドルが真緒を見つめる熱い視線に気付いていた。真緒がエイドルの存在を望み、親友として心の拠り所にしているのがわかるから、不安な思いを隠し、エイドルの自制心に期待して今まできた。
そう、エイドルを信頼して真緒を託したのだ。
そのエイドルの気持ちを利用して、謀反に巻き込もうなど言語道断だ。
だが、一抹の不安が過ぎる。
もしエイドルが本気で真緒を奪おうと考えたら…?
黙り込んだライルに、ヴィレッツは何かを言いかけて辞めた。その代わりにライックにエイドルの動向を尋ねた。
「今まではは聞き流して相手にしていなかった。
だが、真緒の体調が回復しない。そのことを餌にされて揺れている」
「マオの体調の事なんだが、やはり始祖の力を過剰に繋いだことが原因か?」
王妃との謁見のとき、顔色の悪さは化粧で隠しきれず、体調の悪さが伝わってきた。
その話にイザの身体が反応したのをヴィレッツは見逃さなかった。
「…イザ…、何か知っているのか?」
鋭い視線から逃れるすべはない。腹を括った。
「マオの身体が透けて 消えそうになる。
それは光に取り込まれる前兆らしく、石版に囚われていたときにも同じようなことがありました。
エイドルはこの事実を知っています」
石版に囚われていたときのことを話す。
リュードがいっていた。
この世界に存在することも不安定な状態。無理をすれば 光の空間の住人となってしまう。
それはこのことを意味していたのか…
エイドルは、なんとかそれを阻止したいと考えているのだろう。真緒を救える可能性があるなら、悪魔とだって手を組むつもりなのだろう。
ライックは目を瞑り黙って聴いているダンに視線を戻した。
「…三日後。いや、あと二日か。それがエイドルの答えだ」
重い沈黙が場を支配する。
(…エイドル、お前、気持ちの整理をつけたんだよな?早まるなよ)
イザはエイドルと話をさせて欲しい、と訴えた。
「駄目だ。エイドルの動きに合わせて、二日後ケリをつける。もし、エイドルが本気だったら━━━」
「その時は、俺が始末をつける」
ライックの言葉を遮り、今まで黙っていたダンが口を開いた。目を開き、強い意志を瞳に宿らせて一同を見回す。
あいつの始末は自分がする。手出しするな
そう瞳が語っていた。その瞳がイザのそれとぶつかる。イザは怯むことはなく視線を交わした。
「ダン、俺はエイドルを信じる」
イザの言葉に ダンはなんの言葉も返さなかった。表情を変えることなく、二日後の殲滅に向けての作戦を提案し始めた。
━━ 一番 エイドルを信じているのは ダン だ。
きっとエイドルなりの考えがあるのだろう。そう信じたい。
ライルに視線を向ければ、こちらも淡々とした様子でサウザニアの動きを確認している。
「…ライル。マオはこのままエイドルに任せるぞ。もちろん安全には万全を期す」
手出しするなよ、ライックに念押しされて、わかっている、と答えたが、ライルの心は煮えくり返っていた。
護るためにマオの存在まで殺したのに、結局狙われてしまうのか。誰の目にもつかないところにマオを隠して、自分だけのものにしたい。もう誰の目にも 手も触れさせたくない。
━━━ これが最後だ。
エイドル、お前が本気で奪いにくるなら容赦はしない。マオは渡さない。
奥歯を噛み締め、渦巻く感情を抑え込んだ。




