177.接触
王妃との謁見の後、真緒は体調を崩してベッドから離れられない日が続いた。
微熱と目眩が真緒を襲い、身体が透けていく恐怖に眠れず、症状は改善されるどころか日々悪化していた。
ライルが足繁く見舞いに訪れるが、ライルが帰った後、必ず悪化する症状をエイドルは見兼ねていた。
今日は、ライルが訪ねてきたタイミングで真緒の身体は薄らと透けていたのだ。とうとうエイドルはライルを追い返してしまった。
真緒は浅い眠りの中、眉間に皺を寄せて時折唸り声を漏らす。そんな姿をライルに見せたくはないだろう、エイドルは真緒の気持ちを汲んだのだ。
侍女に任せて、エイドルは神殿に向かって森を歩いていた。祈りの為ではない。
「…気持ちは固まりましたか?随分と姫はお苦しみの様子。我が国では最高の医師が努めさせていただきます。貴方様の イヴァン殿下を下した腕前があれば、士官も叶います。姫と暮らすのになんの不安もございません」
耳に心地よい美辞麗句が、エイドルを誘う。
「…三日後の夜に」
エイドルの言葉を聞くと、男はそのまま闇に溶けて気配を消した。
こうやって会うのは何度目か。
王妃の侍女を通して、エイドルが呼び出されたのは、謁見の夜だった。月明かりの届かない堅牢な建物の影で語られたのは、裏切りの誘い。
真緒を手に入れることができる、それは魅惑の誘いだった。
このままでは真緒はこの世界から消えてしまう。
それを阻止することができると言う。彼女が怯えて暮らすことが無くなるのなら、また笑ってくれるのなら。
もう後には引けない。何を犠牲にしても真緒を護る。
エイドルは離宮へと足を向けられなかった。
自分が下した決断に脚が震える。
ごめん、父さん。 姉さんにも迷惑をかける。
でも、真緒を護りたいんだ。
天を仰ぎ、月を見る。
神々しく、曇りなく輝く月の姿は、背徳心を持つエイドルには眩しすぎた。
イザはウェイザスの裁判の証人のため、王宮に滞在していた。マオが寝込んでいると聞いて、離宮へと足を運んだのだった。
凛と輝く月が、森へと向かうエイドルの後ろ姿を一瞬、照らしだした。見慣れた姿だ、見間違う訳はない。声をかけようとしたその時、女性の潜めた声が耳に届き、植え込みの影に身を滑らせた。
「…怖い。もう嫌…!」
「そんなことあるわけないじゃない、しっかりしなさいよ」
「見てないからわからないのよ!私はお暇を貰うわ」
「何を言ってるのよ!身体が透き通るなんて誰が信じるのよ!他の部署に回してなんかくれないわよ、そんなこと言ったらクビになるわよ!」
身体が透ける…?
侍女のありがちな愚痴かと聞き流していたが、その言葉にイザの眉が上がった。
真緒の身体が透ける?
それを 俺は知っている。…エイドルもだ。
石版に囚われていたとき。
光に呑まれそうになると身体が透けることがあった。真緒が消えてしまわないか心配で、近くで夜を明かした。
もしかして…!
踵を返し、回廊へ向かうと暗がりの先からライルが現れた。ライルは知っているのだろうか…?
「…マオが寝込んでいると聞いたんだが」
様子はどうなんだ?そうライルに問いかけると、ライルの表情が険しくなり、会えなかったのだと告げた。エイドルに断られたんだ、そう話すライルの表情は疑念を抱いているのが明らかだった。
エイドルの行動をきいてイザは確信を得た。
真緒の身体に起きていること。
エイドルはそれをライルに隠している。
エイドルは今、真緒の傍に居ない。
ライルの脇を抜けて、真緒の部屋へと向かった。
イザは真緒の姿を確認したかった。止める侍女を無言で押しのけて、扉を開いた。
静かな寝息を立てて、丸まって眠る真緒は小さな子供のように無防備で儚くみえた。
ライルも真緒の姿を確認すると、ほっとした表情を浮かべていた。
自分たちが立ち入ったことをエイドルに報告しないよう侍女に口止めをすると、足早に部屋を出た。
この後ライックに呼ばれているイザは、ライルも含めて話しをするべきだと判断した。ライルを誘うと、ライルもライックに呼ばれていると言う。
あの男は何かを掴んでいるな…
二人して呼ばれる理由。
真緒のこと以外、考えられなかった。




