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174.秘密

一段と警護の厳しいエントランスでナルセルとナキアは連れ立って馬車を降りた。謁見の間に向かう二人を馬車の窓からそっと見送る。

外見上は空の馬車は、静かに離宮を目指していた。

人気のないエントランスに滑り込んだ馬車は、静かに止まった。

真緒は揺らぎが止まったことで、浅い眠りから目覚めた。

(…どこに着いたんだろう)

とりあえずカーテンの隙間から外を覗きみる。

先程の豪奢なエントランスとは違うが、落ち着いた装飾が施された造りは、高貴な者の所有であることは間違い無さそうだった。

コンコン

控えめなノックだが、突然の音に真緒は跳ね起きた。急な動きに耐えられず足元が揺らぐと、床に投げ出された。

「…い、痛い…」

涙目で突っ伏して痛みに耐えていると、勢いよく扉が開かれた。乗り込んできた人物が慌てた様子で真緒を抱き上げる。

「あれ?エイドル?」

一瞬張りつめた馬車の空気は、真緒のひとことで霧散した。

「…なんで床に寝てるのさ」

心配が杞憂で終わったことに、明らかにホッとした表情を浮かべているのに、口調は淡々としたものだった。物音に扉を開ければ、真緒が倒れていた。心臓が止まるくらいの恐怖がエイドルを襲ったのだ。

焦った自分が気恥ずかしくて、淡々と抱き上げて馬車から降ろした。

「今日からまたお前の護衛だ」

そう告げれば、真緒が嬉しそうに微笑んだ。

胸の奥が締め付けられて苦しい。早まる動悸を悟られないように真緒を立たせた。

「エイドルが居てくれて嬉しい。ありがとう」

真緒の言葉に胸が熱くなるのがわかる。それを表情に出さないようにわざと背を向けて歩き出した。

「…いくぞ」

数歩進んだところで、真緒の足音がしないことに気づき、振り返った。

しゃがみこんで身体を震わす真緒に慌てて駆け寄ると、真緒は手で制した。

「少し休めば大丈夫だから」

荒い息遣いの中、掠れた声でそれだけ言うと目を閉じて何かに耐えているようだった。

小さな背中が震えている。

ひとりで耐える背中を思わず抱きしめた。

「…エイドル…?」

苦しいよ、真緒の声にハッとして腕を降ろした。

何やってんだ…俺…!

見上げる視線を避けて、真緒を抱き上げた。

「部屋で休めよ」

そう言ったきり、エイドルは口を開くことは無かった。真緒をベッドに下ろすと、黙って部屋を出ていった。


微睡む意識の中を、焦った声が名前を呼んでいる。

煩いなぁ… もう少し寝かせてよ…

身体も重い。

自分の身体なのに寝返りが打てない。まだ身体は睡眠を欲しているようだ。これは、無視するに限る。

真緒は心地よい微睡みに再び意識を沈めた。

「おいっ!起きろっ!」

頬に鋭い痛みが走り、真緒は眉を顰めて微睡みから覚めた。何するのよ…、頬を擦りながら目を開ければ、余裕のないエイドルの顔が目に入った。

「マオ!分かるか!」

…わかるって。一体何なの?せっかく気持ちよく眠っていたのに…

明らかに安堵した表情を浮かべ、エイドルはベッドサイドに崩れ落ちた。顔を両手で覆い、大きく息を吐く。そんなエイドルに文句を言う訳にもいかず、身体を起こしてエイドルに手を差し出した。


━━ あれ? 私の手…透けてる … ?


じっと手を見る。伸ばした自身の手の向こうにエイドルの姿が透けて見えた。


茫然自失の真緒を、再びエイドルが呼び戻した。

両肩を揺すり、しっかりと視線が合うまで呼び続けてくれた。

透明な指先が、次第に温かみを取り戻してゆく。エイドルの熱を指先が感じはじめてようやく恐怖から開放された。

涙か溢れ止まらない。頬を伝う温かみが、真緒に生きている実感を よりもたらした。


「落ち着いたか?」

いつしか声を上げて泣いていた。それをエイドルは黙って付き合ってくれた。

「…いつからだ?」

エイドルは水を注いだカップを差し出した。それをひと息に飲み干すと、ようやく手の震えが治まった。

「…チキの村で目覚めてから。ふわふわとして意識が持っていかれそうになると、透けちゃうみたい…」

困っちゃうね、なんでもないよ、そう虚勢を張りたかったのに 乾いた笑いしかでない。これでは誤魔化すことなんてできなかった。

「…ライル様は 知ってるの?」

「い、言わないでっ!」

その言葉に弾かれたように真緒は叫んだ。

知られたくない。顔色の悪いライルの姿が脳裏に浮かんだ。これ以上心配をかけたくなかった。

「でもっ…」

更に言い募るエイドルに、微笑んだ。

頻度も減って治まってきてるから、心配かけたくない。それにまた起こったら、エイドルが呼び戻してくれるんでしょう?


━━━ 私、卑怯だ。こういったらエイドルは何も言えなくなる。エイドルの気持ちを利用してるんだ…


それ以上言わなくなったエイドルにホッとする反面、心は罪悪感で溢れかえった。


━━━ ごめん、エイドル


もし、このまま消えてしまうのなら、ライルが知らないままがいい。わかっていてそのときを待つのは辛いから。その辛さは、私だけが知っていればいい。


「…ありがとう、エイドル。もし治まらなかったら、ライルには自分で伝えるよ」

そう、これはエイドルが罪悪感に苛まれないための保険。納得はしていない、そんな気持ちがエイドルの表情にありありと浮かんでいるが、気付かない振りをした。


「夜はどうするんだ?男の俺はずっと傍にいる訳にはいかない」

エイドルは難しい顔で呟いた。石版に囚われていたときは、屋外であったし、戦いの前で終夜松明が炊かれ、人が行き交っていた。エイドルやイザがそばにいてもおかしいことではなかった。

「…大丈夫だよ、夜は殆ど寝ていないから」

今までもそうだったから、続ければいいだけ。

「…姉さんにきてもらおうよ」

真緒は首を横に振った。ユラドラにいるルーシェを呼び戻すとすれば、理由を言わなかければならない。

再び、二人を沈黙が支配した。

「寝ずの番の侍女を置く。これだけは譲れない。俺は扉の外で待機している。さすがに身体がすければ侍女だって叫ぶだろ」

エイドルは真緒の反論を許さなかった。


エイドルは侍女の手配をするために部屋を出ていった。残された真緒は膝を抱えて、ぼんやり辺りを見回した。

夕陽が、絨毯をオレンジ色に染めて暮れてゆく。

静まり返った部屋は、広さは違うのにアパートの部屋を思い起こさせた。


静けさの中で 切り取られたように ひとりぼっち


でも それでいいのかもしれない。

消えてしまうかもしれないのだから。











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