172.親心
商人が行き交い 賑わいをみせるベルタの街には、騒動の面影は既にない。路地には子供たちのはしゃぐ声が溢れて、通りには店が所狭しとひしめき合い、賑やかな声が飛び交っていた。
すっかり日常を取り戻した街を、警邏をしながらダンは歩いていた。
ベルタを管轄するウェイザスが拘束され、共謀していた自警団の団長も同様に拘束され王都に護送された。
急遽任命されて、臨時でベルタの街を護ることになったダンだったが、ハルトとナイゼルの献身的なサポートを受けて、短期間に掌握することができた。
(…いい街だな…)
住人たちの表情は一様に明るい。
王都ほどの華やかさはないが、この街は活力に溢れていた。
団長代理をしてわかったのは、イザが自警団の中で慕われており、お飾りの団長に代わり、組織を纏め上げていたということだった。
ライックの後を着いて歩いていた線の細い少年は、随分と逞しい存在になっていた。
渡り人・未久と面識はないが、未久が消えたことでライックと袂を分かつことになったと聞いている。
未久の娘である真緒と関わる中で、ライックや宰相への蟠りも改善されたのだろう。パフォーマンスとはいえ、ナルセルへの忠誠を誓うまでの心境に至れたのは喜ばしいことだった。
━━ 渡りの姫 は 永遠の眠りについた ━━
そんなに噂が、ベルタの街に流れている。
探ってみれば、それは王都から流されたものだった。渡りの姫は その力でベルタを救った英雄として、神殿にその英霊を祀るのだという。
山神の使いから始祖の力を繋ぐ娘を迎えて、祈祷を行うのだという。
そしてこれを機に その娘は王太子に見初められ、妃として迎えられる、そんな筋書きなのだろう。
明日には、山神の娘を迎えに、王都から王太子が直々にやってくる。
(…大層な理由だな…)
これなら真緒を王宮へ向かわせるのに、堂々と護衛をつけても不自然ではない。
王都以上にベルタの街での諜報活動が活発だ。今も数人がダンを監視していた。
この噂の真偽は 調べればすぐにわかる事だ。
他国の暗部が、チャンスを狙っている。
お陰でこのところは害虫駆除に忙しい。自警団だけでなく梟も動員しているのだ。
路地をいくつか曲がり、人寂しい区域に足を踏み入れる。途端に背後が騒がしくなった。
荒れた広場の中央で立ち止まると、柄に手をかけ目を閉じた。1…2.3.4…5…6.7… そんなところか。
気配から相手の数と場所を探ると、急転回して襲いかかった。
所詮、ダンの敵ではない。
声もなく切り伏せられた者たちが、広場に深紅を散らす。
「団長代理!大丈夫ですか!」
足音と共に駆けつけた自警団の者たちに、後始末を頼むと、再び賑わいのある街へと足を向けたのだった。
「なぁ、本当にお前の親父さんは何者なんだ?」
何度も質問され、エイドルは辟易していた。オレだって知らないのだ。暗部の人間である、というのは自分の想像の域を出ないからだ。
「直接父さんに聞けばいいじゃないですか、オレは本当に知らないんです。ずっと離れて暮らしてますし」
月明かりの下に照らし出される躯の山を相手に黙々と仕事を進める。
どれだけの人間が潜んでいたのか…
次々と運ばれてくる躯を検分しているが、終わりがみえない。圧倒的に一太刀で絶命している者が多く、ダンの姿が見え隠れするのだ。検分する者たちから感嘆の声が漏れ、その度にエイドルは聞かれるのでいい加減うんざりしていた。
「━━ 俺の正体が知りたいのか?」
低い声が気配なく背後からかかる。その場が一瞬で凍りつき、誰もが動けずその場で固まった。
「俺が暗殺者なら、お前ら全滅だぞ」
剣を脱いた奴もいないのか、緊張感が足りないな…
ダンは腕組みしながら、立ち木に寄りかかっていた。
「そんなに気になるなら教えてやるよ」
その言葉にダンに視線が集中する。エイドルも唾を飲み、父親を見つめた。
「━━ 飯屋の店主だ。それ以上でも以下でもない。昔が知りたかったら教えてやる。ただし、俺に勝ったらだ」
口の端を釣り上げ鋭い視線を向ければ、殆どの者が視線を外した。骨のある奴はいないのか…鍛え甲斐がないな。見回していくと、自分を射抜くような視線を感じて、自身も挑むように眼光を向けた。
俺の視線を真っ直ぐ受け止めて、睨み返してくるとはな…。歓喜に頬がゆるんだ。
「エイドル、ちょっとこい。話がある」
視線の相手を呼んだ。
(さすが俺の息子だ、逞しくなった。イザに預けて正解だったな)
ルーシェが近衛騎士となり、蜘蛛に抜擢された。
少しでも生き抜く力をつけたやりたくて、熱心に鍛えたが、それはエイドルとの溝をつくることになってしまった。自らを卑下し、俺に見限られたと感じているようだった。だからイザに託したのだ。
「父さん?」
目の前に来たエイドルは、口を開かないダンに不安げに呼びかけた。何でもない、そう告げて本題に入った。
「エイドル、お前も明日王宮へ行け。ライックに話は通してある。彼の者の護衛につけ」
その言葉に目を輝かせ、強く頷くエイドルの肩に手を置く。
「頼んだぞ。明日に備えて、休んでおけ」
ダンはそれだけ言うと、再び街へと姿を消した。
ダンの手の温もりが、エイドルの気持ちを強くする。
父の期待に応えたい
それ以上にマオを 護りたい
昂る気持ちを深呼吸で落ち着かせる。
エイドルは素直に宿舎へ足を向けたのだった。




