171.身の振り方
月明かりを頼りに森を抜ければ、チキの村だ。
器用に馬を操り、斜面を登る影は三人。口をきく者はいない。蹄の音と馬の短い嘶きだけが、静かな森に響いていた。
村の入口で厩に馬を繋ぐと、真っ直ぐリュードの元へ向かう。灯りの下に照らされたヴィレッツとライック、ライルの顔は一様に険しかった。
リュードは既に部屋で待っており、三人の顔を見ると 着席を促した。
マオはヤシアとナキアが付き添い 眠っている、
真緒の様子を尋ねるライルの問いに、リュードが答えると、ライックに向き直った。
「渡りの姫は消えたんだ。ここに居るのはマオというただの娘だ」
リュードの真意を図りかね、ライックは説明を求めた。
始祖の力を繋ぐことは、精神や肉体に大きな負荷をかける行為だ。山神の使いにとって命懸けの行為、禁術に等しい。渡り人は、始祖の意思によってこの世界に召喚されているため、親和性が高く、負荷が少なくて済むのだ。
しかし、真緒は濁流を止めるためにれを一晩で何度もおこなった。いくら負荷が少ないと言っても限度がある。限界を超えて繋いだ真緒の身体は、欠けた茶碗と同じ。あと少し力が掛かれば壊れてしまう。ライルが連れ帰らなければ、光の空間に永遠に漂っていただろう。
時が経てば、真緒の身体は回復するであろう。
それには かなりの時間を要する。
今は、この世界に存在することも不安定な状態にあるため、無理をすれば 光の空間の住人となってしまうだろう。
だから、山神の一族として迎え入れたい。
公には、渡り人はあの爆発で消えたと、発表してほしい。
リュードの話を聴きながら、ライックの表情は険しさを増していった。ヴィレッツは眉間に深い皺を寄せていた。
他国に対して、渡りの姫が消えたことを発表するのは一定のメリットがある。表立って婚姻を申し込む国は無くなるからだ。
しかし、昨晩の天変地異を調べるため、ベルタの街や王都での他国の諜報機関の動きが活発化している。ここに匿っていることが知れるのも時間の問題だろう。表立って動かない分、連れ去られても追求が難しい。
梟も蜘蛛も動く王宮が護り易い。
王宮で匿いたい、これはエストニルの立場では当然のことだった。
「リュード殿、マオは王宮で保護する」
ライックはそう告げると、王宮で匿うメリットを告げた。リュードは黙って聞いていたが、マオの身体を考えれば渡りの樹の力が満ちているここが良いのだ。しかし マオの身の安全を考えれば、ライックの言うことは最もだった。
「リュード殿、ナキア殿を行儀見習いに登城させませんか?」
ヴィレッツは意外な提案をした。
「渡りの姫が死亡した、これに関してはすぐに公示しましょう。日を開けてナルセル殿下を伴いナキア殿を迎えに来ます。その侍女としてマオを王宮へ連れていく」
王宮にも神殿があり、精霊の訪れ と称されるものがある。それはは渡りの樹の分身。その力を宿し、神殿地下に根を張り王都を護っている、とされている。
真緒に何かあったときは、ナキアがいれば精霊の力を借りることができるのでは?
ヴィレッツの言葉にリュードはようやく首を縦に振った。
「…ライル?大丈夫か?」
終始無言で聞いていたライルの様子に異変を感じ、ライックが声をかける。ライルはハッとしたように気付けようと頭を振った。呼吸が荒い。遠のきかける意識を無理矢理呼び戻していく。
「…界渡りの影響だな。マオと共に宝剣の導きを受けたであろう?更にマオの放った始祖の力を身近で受けたのであれば、マオ程でなくても身体に影響はでる」
リュードがライルの両肩に手を置き、短い英称をすると、襲われていた目眩が楽になった。
「ライル、王宮に迎える手筈はこちらで整える。それまではマオの傍で、お前も休め」
ライックに言われ、ライルも素直に受け入れた。
こんな状態では、マオを護れない。
今は有難く頼らせてもらおう。
人を背負ったような重さを身体に感じ、強い倦怠感に襲われる。
マオはもっと辛いのだろうな…
そう思えば耐えられる。とにかくマオの近くにいたかった。しかし身体が言うことを聞かない。
もどかしさと苛立ちの中、ライックに無理矢理ベッドに押し込まれ 深い眠りに落ちていった。




