170.護りたい
「━━ ライル!無事だったのか」
ライックは、指揮をダンに任せ、直ぐにライルの元へと駆け寄った。
石版から二人の姿が消え 原野に現れた後、眩い光の爆発と共に行方不明になっていたのだ。
暗部の情報収集能力を使っても行方が掴めなかったことで、最悪の結果を想像しなかった訳では無い。
その男が、目の前に現れたのだ。
ライックはその存在を確かめるように肩や背に触れた。
優しい瞳は昔から変わらないな、
ライルは父のような 兄のような存在のライックのその仕草がくすぐったかった。
「マオは?」
ライックの問いかけに、ライルはピクリと身体を震わせ表情を強ばらせた。
「…渡りの姫はあの爆発と共に消えた…長い眠りについた」
ライルは強い視線をライックに向けた。
それは、そうして欲しい、ということなのか?
ライックは視線で問い返し、詳しく事情を聞く必要があると判断した。
「…それを事実としたい、ということか…?」
その問いにはライルは答えず、踵を返した。
「━━ 覚えているか?綺麗事だけではマオを護れない。策をめぐらせあらゆるものを利用しろ、と」
その言葉に足が止まったライルの肩を掴み、更に言い募る。
「マオは個人で護りきれる存在ではない━━ 俺たちを使え」
何処にいる?
ライックの問いかけにライルは口を噤んだ。
「…お前の意思に関係なく、マオは国レベルの案件なんだ。お前が隠せば 暗部が動く。そうなれば、二度と会うことはできなくなる」
ライルの身体を自身に向かせ、視線を合わせて説き伏せる。
「自分の手で護りたいだろう?」
いくら宰相の息子であっても、国の存亡が掛かれば簡単に切り捨てられるだろう。国を相手にするのではなく、味方に取り込むんだ。
ライルとマオ。
想い合う二人には、幸せになって欲しい。
この気持ちは 本心だ。
だが、国の大事と天秤に掛かれば 自分は国を選ぶだろう。だからこそ このことは譲れなかった。
ライルとライックは睨み合うように視線を絡めた。無言の時間を経て、ライルは口を開いた。
「チキの村だ。そこにマオはいる」
「ん~!」
数えきれない数の寝返りを繰り返し、いい加減、眠気なんて幻の言葉になっていた。退屈で死ぬのなら、まさに即死だ。ベッドから起き上がることも叶わず、できることと言えば、ため息と寝返りくらいだ。
「ヤシアさーん、ちょっとだけ起きちゃダメ?」
マオは机に向かうヤシアの背中に向かって甘えた声でお願いしてみた。
途端に空気が変わる。
室温がぐっと下がった気がする…。
背中に怒気を滲ませて、振り返ることなく即答で返ってきた。
「ダメ」
いや…、子供がお菓子を強請ってるんじゃないんだからさ、もう少し歩み寄って貰えませんかね…
取り付く島もないヤシアの態度に、掛物を頭から被りそっとため息を、漏らす。
濁流を止めようと、宝剣の力を引き出した。
自然の力の強さに飲み込まれそうになり、ライルだけでも助けてください!そう願った。
そのとき、惹き合いの石が手の内で突然砕け、強い輝きを放ち、閃光に似た強烈な光に包まれ、弾けた。
━━━ そこから 記憶が無い。
気づいたのはこのベッドの上だった。
しっかりと手を握ったヤシアが、心配そうに覗き込んでいた。
ヤシアの話しだと、私は突然 神殿に現れたらしい。
ライルに抱き抱えられて気を失った状態であり、大きな力を一度に放出した影響だろう、と言われた。
宝剣を突き立てた原野には濁流によって湖ができていた。それほどの爆発から身を護るために、能力以上の力を使ってしまったのだった。
ライルは私をヤシアに託すと、街の様子を見てくると言い残してベルタへ向かったのだという。
目覚めたときに傍にいて欲しかった、なんて絶対に言わないが、寂しく感じてしまったのは本当だ。
背を丸め目を瞑ると、身体は浮遊感に包まれる。
「…なぁ、マオ。このままこの村で暮らさないか?」
いつの間にかベッドに腰かけていたヤシアのつぶやきが耳に入ってきた。そろそろと掛物から顔を出してヤシアを見つめた。
「もう利用させない。渡り人はあの爆発で消えたんだ。ここにいるのはただのマオだ」
始祖の力を繋ぐことは、山神の使いにとって命懸けの行為とされている。禁術に近いのだ。
それを一晩で何度も行った真緒の身体は、欠けた茶碗と同じだった。あと少し力が掛かれば壊れてしまう。ライルが連れ帰らなければ、光の空間に永遠に漂っていただろう。
ヤシアは綺麗な顔を歪めて、泣きそうな顔をしていた。余りに真剣な声に真緒は何も言えなかった。
浮遊感に包まれているのは、この世界に安定していないということなのだろうか。寝てしまったら、この浮遊感に取り込まれてしまったら、この世界から消えてしまうのだろうか…。
「…怖い…」
真緒の無意識の呟きに、ヤシアが手を握ってくれた。
「大丈夫だ。私がマオを繋ぎ止めているから」
だから安心して眠りなさい。
ヤシアが優しい手つきで髪を撫でる。身体の力が抜けていくのがわかる。囁くようなハミングが耳に心地よい。眠りに誘われてゆく。
「…ライルが戻るまで おやすみ」
その声が耳に届く前に 真緒は眠りに落ちていった。




