169.舞台裏の男たち②
長い夜が明ける。
ベルタの街が朝焼けを受けて、輝き始める。
ダンはナイザルとハルト、マルガを交え 最終確認を終えて、ウェイザスの屋敷へと向かっていた。ウェイザスの雇った傭兵を取り纏める男として面通し済んでいる。水門の砦の始末が終わったことを、ウェイザスの望み通りに報告してやれば良い。そして、ウェイザスと共に広場へと向かうのだ。
エイドルは先に広場へ潜入させたていた。
今頃はイザの部下たちと渡りをつけ、今頃は仲間たちは広場に配置され、守備隊の動きを封じている頃だろう。それと同じくしてハルトとナイザルは、配置されているウェイザスの兵を阻止するため 仲間を広場に散開させているのだ。
ウェイザスに挨拶を済ませ、ナイザルが仕立てた傭兵一団を確認していると、出発の声がかかった。視線を送ると、強い頷きが返ってきた。
いよいよだ。
ふんぞり返って騎乗するウェイザスの後ろを、ダンは警戒する振りをして視線だけを動かしながら、兵の配置を確認してゆく。
広場の中央に近づいたところで、ウェイザスに囁いた。
「あの男の姿がみえませんな」
上機嫌な表情は一変し、口を歪め 途端に苛立つ様子をみせた。
「民を脅して誘き寄せますか?」
更に囁けばウェイザスはその気になって、威圧的に叫んだ。
「イザ副団長はどこだ!隠すのなら 容赦はしないぞ」
ダンは口の端を上げほくそ笑んだ。今のうちに虚勢を張ればいい、お前は哀れな裸の王様だ。せいぜい民衆を焚きつけるのに役立ってもらおう。
「やめろ!俺はここに居る。街の人に手を出すな」
イザが叫びながら部下の制止する腕を振りほどきウェイザスの前に走り出てきた。
その途端にダンはイザを地に伏せ耳打ちした。
『しばらく耐えろ。民衆を煽るぞ』
イザはダンの意を汲み、抵抗せず拘束された。
そして、声を張り上げウェイザスに訴えた。
「街の人たちは解放してほしい。部下たちも関係ない。オレが命令したんだ。責任はオレにある」
高圧的な態度で見下すウェイザスに向かって、言葉の終わりと共に深く頭を下げた。
身体に強い痛みを感じ、背中にさらに衝撃が加わった。
結構痛いな…
思わず 声が漏れた。
この野郎!絶対に何倍にもして返してやる!
イザはウェイザスへの悪態をつきながら、心に復讐を誓った。
「…誰に口を聞いている?自警団ごときがしゃしゃり出おって!」
(その自警団に頼りきりで、録な兵も置かず、治安維持もできない役ただずが!団長のご機嫌取りにいい気になってた憐れな男だよ、アンタは!)
更に踏みつけられ、イザは苦悶の声を必死で殺した。
(…本気で殺す!こいつは許さねぇ!)
ってか、そろそろ いいんじゃないか?
ダンをチラリと見れば、真顔で見下されていた。
(おいっ!本当に助ける気 あるんだよな?)
━━━ もっと 民衆を煽れと言うことか…
民衆の悲鳴が…!怒りが…高まっていくのがわかる。
「現王政への不満が高まってしまう。自分は抵抗はしない、街の人たちを解放して欲しい」
イザは声を張り上げ、広場に響き渡るように ウェイザスに訴えた。
「平民がなんだというんだ!奴らは我ら貴族のためにある道具だ。どう扱うかなど 指図されることではない!」
罵声と共に無抵抗のイザに危害を加える行為は次第にエスカレートしていった。流石に部下たちの空気も変わる。
もう少しだ!堪えろ!
手出ししないように部下たちを視線で制し、イザは無抵抗を貫きその終わりを待ち 耐えた。
「━━ ウェイザス侯爵様。お召し物が汚れます。
王太子殿下が直においでになります。そのようなことは私共にお任せ下さい」
だんは丁寧な礼を取り、媚びた視線を送る。
イザの身体をウェイザスから やや強引に引き離すと背後に控えていたハルトに託した。
鬱憤を晴らすような行為を止められ、ウェイザスは不機嫌な表情を浮かべたが、王太子の報を伝える先触れの使者の訪れによって、興味はイザからそちらへ移った。
ハルトに託されたイザは、ウェイザスの関心がそれた隙に部下たちに保護され背に庇われていた。
「副団長、大丈夫ですか?」
「あぁ、すまない、大丈夫だ。あのクソ野郎、絶対にに許さねぇ」
ギラギラとした視線をウェイザスに向けて悪態をつくイザに、これなら大丈夫だな、と部下たちは苦笑した。これでこそ、副団長だ。
「さぁ、侯爵様お出迎えを」
ダン促され、ウェイザスは鷹揚に返事を返すと、自警団の団長を従え広場入口へと向かった。
殺気立つ街の人たちは、兵士によって囲まれていた。王太子のための花道が作られてゆき、ウェイザスは王太子の姿に向かい深い礼を取り出迎えた。
ダンはウェイザスとナルセルやり取りを横目で見やりながら、ライックと視線を交わす。
全ての配置は済んでいる。
背後にやってきたエイドルに高台の弓兵の背後に配置するように指示を出すと、イザがウェイザスの視界に入らないように立ち位置を変えた。
すると、ナイザルが広場の入口から合図を送ってきた。
広場外での攻防に決着が着いたようだ。
これで、ウェイザスの援軍は無くなった。
マルガの訪れと共にライックは堂々と兵を動かし、広場の兵を押さえる算段を整えた。
後はナルセルの合図を待つだけだ。
「捕らえよ!」
ナルセルの声が広場に響いた。
ライックの指揮の元、既に配置に着いていたハルトとナイザ達によって、ウェイザスの兵は捕らえていく。
抵抗を奪い逃げる隙を与えること無く制圧された者たちを広場の一角に集めると、ここまで成り行きをみていた住人たちの中から、ひとつ石が投げられた。
それが合図のように、罵声、怒声が大きなうねりとなり、ウェイザスたちを襲った。
(民を大事にできない貴族は不要だ、その身で思い知ればいい)
ライックは敢えて民衆との間に兵を配置しなかった。
ウェイザスたちの抵抗に備えて、民衆を護るための策は講じているが、ウェイザスたちを守ることは考えていない。
怒りを向けられ、殺気立つ民衆を前に恐怖を募らせ、声を上げる。
「何かの間違いでございます!どうかお助けください。王太子殿下は我々貴族よりも平民の肩を持つのですか!」
ウェイザスの叫びにも似た声に、ライックはほくそ笑んた。そっとみればダンもウェイザスを見て 冷笑を浮かべていた。
ナルセルは広場に集う民衆の前に立った。
さすがにライックが制止しようとしたが、ナルセルの
決意を込めた瞳とぶつかった。
近くに兵を呼び寄せようと視線を巡らせたとき、ナルセルの目の前にいる人物に目が止まった。
━━ ライル !?
ライックは他に気づかれないように視線だけを向けて、その人物を見据えると、その男は 目深に被ったフードを少し上げ、ライックに向かい頷いた。
ライックは身を引き、後方に下がった。
ダンはイザに向かい呟いた。
「さぁ英雄、最後の仕上げだ」
わかってる、イザはそう返すとナルセルの元へと歩み出た。民衆の視線を受け、身が震える。大きく息を吸い、よく聴こえるように ゆっくりと発した。
「ナルセル王太子殿下に忠誠を。お声掛けする失礼をお許しください。自警団副団長のイザと申します。
殿下に永遠の忠誠を」
ヴィレッツ、ライックも合わせて膝を折り、ナルセルへの忠誠と敬意を表した。
一瞬の静けさが歓声に変わる。
ナルセルを讃える声に大地が震え、広場を熱気が包んだ。
これで いい。
民衆は次期国王に親愛と忠誠を誓うだろう。
ダンはヴィレッツをそっと見遣った。
この殿下は、やり手だな。こんな筋書きを立てるとは。
無事に終幕を迎えたことに安堵したのだった。




