167.断罪
「━━ ベルタの被害は?」
ライックの牽制を諸共せず、擦り寄るように後を追って歩くウェイザスを一瞥することなく、ナルセルは口を開いた。
「ございません。ここは水門に護られております。
御安心ください。王家の別邸はもとより貴族邸に何ら被害はございません。
そして我が兵は精鋭揃い。不心得者も既に捕えております」
慇懃無礼な態度で、己の手柄を主張するウェイザスの言葉に虫唾が走る。ナルセルはそれをぐっと堪えて表情を殺し、手を軽く挙げることで応えた。
「何故この場に民が集められているのだ?」
ヴィレッツが広場を視線で示しながら問うと、ウェイザスは大袈裟な仕草で肩を竦めた。
「昨晩の荒天に水門が破られると風潮し、守備隊長を陥れて平民共を連れてきたのでございます」
黒ずくめの男はに囲まれ 離れた場所にいるイザを、憎々しげに睨みつける。
(何故 この男は民たちが発するものを感じ取れないのだろうか…。こんなにも憎悪に満ちた視線に何も感じないのだろうか…)
ナルセルは視察などで触れ合う機会はあったが、このように多くの民から負の感情を向けられたことは皆無だった。初めて民からの視線に恐怖し、身体が震える。何より我慢ならないのが、自分が目の前にいるこの下衆な男と同類に見られていることだった。
それが伝わったのだろう。
ヴィレッツがナルセルのすぐ後ろに立ち、囁いた。
「…殿下、到着致しました」
表情の固いナルセルに気遣うような視線を送るが、ナルセルはヴィレッツの気遣いに、問題ない、と応えた。
広場の入口には騎馬に連れられた拘束された兵たちが、連行されてきた。それらが近づくにつれ、ウェイザスの表情が強ばるのがわかった。それでも何かを発するわけでもなく凝視し、この状況をどう理解したら良いのか、有利に運ぶ算段をしているかのようだった。
民衆も新たに現れた兵士たちに動揺しているようで、ざわめきが波打つように、広場に波紋を広げた。
民衆の混乱を抑えるため、ライックが指示を出して兵を配置する。弓を引く兵のすぐ後ろにも兵が配置されたことに怪訝な表情を浮かべたウェイザスを完全に無視して、ナルセルは兵を連行してきた男の礼を受けた。
「ご苦労であった。マルガ隊長」
状況を報告せよ、ヴィレッツの労いの言葉に続き、ライックが促すと、マルガは低いがよく通る声で報告を始めた。
「夜半と早朝に水門の砦は攻撃を受けました。二度とも襲撃は退け、被害はございません。
━━━ その襲撃犯を捕らえております」
背後で拘束されている一団を視線で示すと深く頭を下げた。
「随分と後暗い者を使っているのだな、ウェイザス侯爵殿」
ライックから鋭い視線と言葉を浴び、ウェイザスの身体が震えた。それでも表情を変えなかったのは流石と言うべきか。唾を飲み、かすれ声で自警団の団長を糾弾した。
「私は団長に一任しておりました。水門の砦を襲撃など指示しておりません。濡れ衣でございます」
その言葉に責任を押し付けられた団長は顔を青くして叫んだ。
「ウェイザス様、あまりの言いようではありませんか!水門を開けるよう命じたのに従わず 抵抗した砦に報復しろ、貴方様がそう仰ったではないですか!」
叫んだら腹を括ったのだろう。
叫ぶ言葉は留まるところを知らなかった。
「イザ副団長を拘束しようとしたこと、水門の砦に兵を向けたこと、そして、報復しようとしたこと。それら全てを私の責任だと仰るのですかっ!」
「街の者を人質にしてイザを慕う者たちを抹殺するのだと、だからイザを殺せと命じたではないですか!」
団長の叫びは、状況を見守る民衆を黙らせるのに充分だった。
「━━ ウェイザス。私が何も知らないと思うか? 」
ナルセルはウェイザスに射るような視線を向け、冷ややかな声で告げた。
「ユラドラ」
そのキーワードだけでウェイザスの表情が一変した。ヴィレッツは羊皮を広げた。
「ユラドラの王太子と繋がりを持ち、ユラドラから武器の密輸。ユラドラの手の者を多手引きし、ベルタを拠点として王都に送り込んでいたな」
「更に独占取引で小麦などの値を吊り上げて利を得た。更に兵糧の値に上乗せさせた利益で、サウザニアと秘密裏に繋がりを持ち、スライト商会の会頭ドルディ、アルテニー公爵と共にイヴァン殿下を使い、渡りの姫を誘拐した」
渡りの姫の護衛を勝手に解任し、サウザニアへ連れ出そうとしたことは、既に捕らえた両名だけでなく、サウザニアの貴族バサーニ公爵からも証言が取れている。かなりの額の資金を流していた事実が告げられると、ウェイザスの青から白くなった顔からは表情が抜け落ち、膝をつき項垂れた。
「随分と狡猾に動いていたようだな、弁明は王の前でするがいい」
ヴィレッツの最後通告だった。
「捕らえよ!」
ナルセルの声に広場の兵が動いた。
ライックの指揮の元、既に配置されていた兵がウェイザスの兵を捕らえていく。抵抗を奪い逃げる隙を与えること無く制圧された者たちを広場の一角に集めると、ここまで成り行きをみていた住人たちの中から、ひとつ石が投げられた。
それが合図のように、罵声、怒声が大きなうねりとなり、ウェイザスたちを襲った。ライックは敢えて民衆との間に兵を配置しなかった。
怒りを向けられ、殺気立つ民衆を前に恐怖を募らせ、声を上げる。
「何かの間違いでございます!どうかお助けください。王太子殿下は我々貴族よりも平民の肩を持つのですか!」
ウェイザスの叫びにも似た声に、ナルセルは一瞥することなく、広場に集う民衆の前に立った。さすがにライックが制止しようとしたが、決意を込めた瞳に気圧されそのまま身を引いた。
「私は 次期国王として誓う。
この国で民を虐げる貴族を許さない。
私は この国を支える民を大事にする」
握る拳は震えていた。
それでも、声が震えないように下腹に力を入れて声を張った。
憎悪の視線を向ける民の前に立つ。
16歳のナルセルにとって、それは敵の前に一人立つよりも勇気の要るものだった。
それでも
自分の意志を示したい、そう思った。
ひとり民の前に立つナルセルの足元に 膝まづく男の姿があった。その男の出現に民衆の視線が集まり、男の声だけが広場に木霊した。
「ナルセル王太子殿下に忠誠を。お声掛けする失礼をお許しください。自警団副団長のイザと申します。
殿下に永遠の忠誠を」
ヴィレッツ、ライックも合わせて膝を折り、ナルセルへの忠誠と敬意を表した。
一瞬の静けさが歓声に変わる。
ナルセルを讃える声に大地が震え、広場を熱気が包んだ。
昇る朝陽の輝きを背に、ナルセルは統治者への道を踏み出したのだった。




