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163.父と息子

エイドルは早駆けで王都をめざしていた、

水門の砦からなら夜明けより早く到着できるはずだ。

(間に合うか…?)

信じている。それでも一抹の不安を覚え、恐怖に心が埋め尽くされそうになる。手綱を一層強く握り、馬を走らせた。

問題はまだある。

自警団の平騎士であるエイドルが、ライックに面会できるか、だ。王宮に入れるのかすら怪しい。

エイドルは心に決めていた。

父 ダンに会う。力を貸して欲しい、そう頭を下げる。


姉のルーシェは小さい頃より剣の才を見出されてダンの指導を受け 期待を背負っていた。

3歳下のエイドルは身体の線も細く、ルーシェに敵うことはなかった。そのことが悔しくて、何倍も努力を重ねた。

それでもダンの関心を得ることができなかった。

ダンのルーシェへの指導は益々熱を帯び、エイドルを孤独にしたのだった。

エイドルは感じでいた。

自分は期待されていない。見限られているのだ。

3年前、ルーシェが近衛騎士団に入ったのを機に、家を出た。

ベルタの街の自警団に入る、そう告げたときも、

そうか

それだけだった。


ダンはライックとテリアスを鍛え上げた男だ。

エイドルはダンの店に集う男たちが、ただの騎士ではない、と感じていた。その騎士たちと、一介の店主が真剣な顔で話し込む、その光景はエイドルにある確信を持たせた。

父は暗部の人間だったのだ、と。

ライック師団長を鍛えた父なら、事情を説明すれば会うことができるかもしれない。

悔しい、そう思う気持ちが無い訳では無い。

でも、自分のプライドよりイザを救いたい、その気持ちが勝る。

家を出てから一度も連絡をしていない。

そんな自分の話に、厳しい父は耳を貸してくれるのだろうか…

いや。もう決めたんだ。

馬に鞭を入れ、更に脚を早めて王都を目指した。



王都はまだ深い眠りの中にあった。

蹄の音が石畳みに小気味よく響く。エイドルは厩に馬を預けると、迷うことなく歩き出した。

薄暗い街は懐かしい香りがした。

エイドルが育った街だ。細い路地も、大通りの賑わいも 肌で感じることができた。

鍛錬を積んだ路地裏の荒地はまだあるのだろうか…


郷愁を感じながら進む先に、それはあった。

店に灯りはない。

裏手に回り、半地下に向かう階段を降りれば扉の向こうに灯りがみえた。

…起きてる…?

鼓動が早まるのが自分でもわかる。ノブに手をかける。躊躇ったのは一瞬だった。

「エイドルです」

ノックと共に声を掛け、扉を開けた。返事はなかったが、正面に座る父は身体に沿う黒の上下の服を身につけていた。俺を待っていたのか…?

ダンは三年振りにみる息子の姿に目を細め、表情を緩めたがそれも一瞬だった。

それでもエイドルには充分だった。

「力を貸してください。助けたい人がいるんです」

エイドルは深く頭を下げた。自分の未熟さを嫌というほど知らされた今なら、ダンが自分を見限っていた訳では無いことがわかる。素直に頭を下げられたことに自分の中に答えがでた。

「…いくぞ」

エイドルは肩に置かれたダンの手が、大きく熱く感じた。その温もりに張り詰めた心に熱が入った。

扉を出るダンの背中を追う。

━━━ 大きい背中。

自分は何を見ていたのだろう。ただの拗ねた子供だったのだ。この背中に護られていたのだ。


王宮の廊下を並び歩く。

エイドルは気になっていたことをダンに尋ねた。

「なぜ、俺が来るとわかったのですか?目的も知っているようですし」

ダンはエイドルをみることなく、なんでもないことだと返した。

「オレの所には色々情報が入る。お前がマオの警護に就いたことも、サウザニアの王子を仕留めたことや水門の砦に行ったこともだ」

ライックもお前を待っている、だから連れてきた。

言い終えると、突き当たりの大きい扉の前で立ち止まった。

扉前の騎士が、ダンに目礼を送り扉を開けた。

それに軽く手を挙げて応えると、足を進めた。


窓際に立つ人はライックだった。

礼を取るエイドルを制し、よく来たな、と労いの言葉をかけた。

「愚息が手間をかける」

ダンの言葉にライックは相変わらずだな、と苦笑を浮かべ、エイドルに近くにくるように招いた。

「まずは無事でよかった。詳しく話を聞こう」


エイドルはできるだけ簡潔に客観的になるように事実を伝え、イザや砦の置かれている状況の助力を求めた。ライックは質問を混じえながら最後まで話の腰を折ることなく聞いていた。ある程度の報告は聞いているのだろう。齟齬を正し、答え合わせをしているようだった。


エイドルはなぜ濁流が消えたのか、あの眩しい光はなんだったのか知りたかった。マオは見つかったのだろうか…?

「あの…マオは?」

エイドルの質問の意を汲んだのか、ライックは、マオが消えた後のことを話してくれた。


石版の護りの力を新たにするため、黄泉の道を開いた。マオは始祖の力を繋ぐため石版に姿を現したが、

黄泉の谷から発生した濁流から街を守るべくライルと共に宝剣に導かれて消えた。

水門の砦の手前にある原野で、大きな光の球体が爆発し、湖を形成したことで濁流は止まった。

その光の爆発はマオが起こしたことだろう。

ただ、マオとライルの姿はその後確認されていない。


マオが行方不明…

エイドルは目を瞑った。叫びたい気持ちを胸に押し込めて、大きく息を吐いた。

あの光はマオが起こしたものなのか。

ベルタの街を救ってくれたのか。

自分にできることをする、マオがよく口にしていた言葉。

そうだ、今は 目の前のことに集中しよう。

エイドルが気持ちを整理して心を定めるのを待っていたのか、ライックが口を開いた。


「…ダン、頼めるか?早まる奴らから護ってくれ」

ライックの言葉にダンはそのつもりだ、と答えた。

店に出る服装とは明らかに違う戦闘を意識した装い。なぜその装束なのかエイドルはようやく合点がいった。父はこの結果を予想していたのだ。

「エイドル、お前も行け。イザは必ず助ける。

アイツが死ぬことがあれば民が黙っていないだろう」

エイドルは騎士の礼を取ると、退室するダンに続いた。




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