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160.宝剣

光から開放され、目を開ければそこは惨劇の光景だった。月明かりに照らされた渓谷と思われた場所は、覆い重なる土砂と岩、なぎ倒された木々の残骸に埋め尽くされ 見る影もなかった。

元々の風景を知らないが、真緒にもこれは異常なものだとわかる。

言葉を失いその光景に茫然と立ち尽くしている真緒をライルはただ後ろから抱いた。

━━━ どんなときでも 俺が傍にいる

そんな気持ちが伝わってくれたらいい。


大人しく身を預けていた真緒が、突然、その手を払い、何かに引き寄せられるように歩き始めた。

「どこに行く?おい」

声をかけても真緒の耳には届いていないようだった。

肩を掴む手も容易に払われ、真緒の視線は先を見据え、怖々とした先程の様子とは一変し、迷いなく進んでゆく。異様な雰囲気を漂わせる真緒を追った。


瓦礫の山をよじ登った先は、地から光が立つ場所を中心に開けていた。そこだけは 何もなかったかのように凪いだ空間が広がっていた。

真緒は迷うことなくその光立つ場所へと足を向けた。


光立つものの正体━━━凝った装飾の施された長剣

黄泉の道を払い除けた サウザニアの宝剣だった。


歩みを止めず近づいていく真緒の前に 自身の身体を滑り込ませて、強引に歩みを止めた。真緒を手で制し、周囲への警戒を解くことなく近づいた。

ライルの脳裏に光の壁を破ったときの妖しい光を放つ宝剣の姿が蘇る。ぐっ、と息を飲み込んで、一段と輝きを放った宝剣に手をかけた。

そして 地から抜くため、握った柄に力を込めた。


━━━ ビクともしない。


真緒はその様子をみて、何やら呟きながらライルを押しのけて宝剣に手をかけた。

「…宿りし宝剣の力を使いて…」

それはライルに向けた言葉ではない。真緒の視線はライルと合うことがなく、ただ、その宝剣に向けられていた。

「マオ?」

唸るように唱える低い声に、何かに取り憑かれたような視線。ライルの声も届いていないようだった。

柄を握るライルの手に真緒は自身の両手を重ねた。

「宝剣の力を我に 授けよ」

マオのものとは思えない低い声と共に、重ねられた手に力が籠る。宝剣が強い光を放ち、何かが身体の中へと流れ込んできた。ライルは咄嗟に手を離そうとしたが、やはりマオのものとは思えない強い力で握りこまれた。


誰だ…?


真緒であって真緒でない。誰かが真緒の中にいるのだ。言い知れぬ不安に襲われて真緒を見れば、頭の中に真緒の声が響いてきた。


…信じて…


その声に真緒の瞳を覗き込めば、本当の真緒を感じとれた。その瞳に頷きかえすと、瞳の奥で真緒が微笑み、その瞳に囚われた。


「いくぞ」


低い声が鋭く放つ声と共に、身体の重力が消えた。

浮遊感。

いや、身体自体の重みを感じないのだ。

幽体離脱。

この言葉の方があっているのかもしれない。



『お前が、渡り人が選んだ唯一か』

真緒の姿から出る別の人格の声に、ライルは頷いた。

『我は 渡りの樹に宿る魂のようなもの。今ひととき 渡り人の身を借り受けた』

眩しい光の流れの中で、ライルの意識に声が響く。

『我の力を繋ぎ、この剣によってあの流れをとめよ。これは宝剣。これに強く願えば渡り人の思いは叶うであろう。我の力が及ぶのはこれまで…頼んだぞ…』


愛しき民を救ってくれ━━━


その声はかき消され、光の流れる粒子が速さを増し、閃光のような輝きを放つ。

眩しさに咄嗟に真緒をかき抱いた。

閃光が弾けた途端に、ライルは自身と真緒の重みを受けて地に転がり落ち、咄嗟に庇う。腕の中の真緒が唸り声をあげた。

どこか痛むのか?

慌てて尋ねれば、まだぼんやりとして自分を認識していないようだった。

「マオ、大丈夫か?」

「…う…ん…。ここは どこ…?」

頭を振り、懸命に意識を呼び戻す姿は真緒そのものだ。その姿に胸を撫でおろす。

あれは消えたのか…?

それでも 右手に握りこんでいる剣が、夢うつつのできごとが真実だと知らしめた。

原野はすでに水量を増して溢れた支流から水が流れ込んでいた。

この地を抜ければベルタの水門に至る。


━━我の力を繋ぎ、この剣によってあの流れをとめよ


あの声がライルを急き立てる。

遠雷のような轟が地面の振動と共に足から伝わってくる。ここに濁流が届くのも時間の問題だろう。


「マオ、あの流れを止めるぞ」

真緒はライルを見つめ頷いた。強い意志を湛えた澄んだ瞳は輝きを放ち、ライルを奮わせた。

「私にも聴こえてた。ベルタの街を護りたい」

ライルの右手に手を重ねた。真緒の温もりが伝わってくる。

立ち上がり、宝剣を天にかざす。

宝剣から伸びた光は、剣先から天に光の矢を放つ。


お願い、流れを止めて

ベルタの街を 護って


惹き合いの石を宝剣と共に握り込めば、宝剣は深い青紫に発光し、熱を帯びた。


ライルは力強く その足元に剣を突き立てた。

握る柄に真緒も両手で握れば、宝剣は光の柱となり天に向かって光を放った。その光はオーロラのように地上に降り注ぎ、大地に染み込み透明なスクリーンを作り上げた。スクリーンは一帯を覆いつくし、現れた濁流を捉えた。


強い衝撃が身体を襲い、柄を握る手が離れそうになるのを必死でこらえた。ライルが光を背に真緒を抱き、光の膜は勢いに押されてライルの背を呑み込み始めた。


ダメ!ライルを呑み込まないで!


真緒は自身の内なる力に強く願った。

お願い、流れを止めて

お願い、ライルを呑み込まないで

お願い、お願いします!


ライルの姿が光を纏うように全身を覆いつくし、真緒は状況が好転しないことに焦りを覚えた


神様!

どうか…ライルだけは助けて!

お願い…!


ライルは光に呑まれ感覚を失いつつある腕に、宝剣と真緒を抱き願った。


神よ!

どうか…マオを お助けください!

お願いします…!


惹き合いの石が、真緒の手の内で突然砕け、強い輝きを放った。閃光に似た強烈な光が二人を包み込み、大きな球体となり、弾けた。


昼間と錯覚するような明るさに一帯は照らされ、それと同時に轟と共に衝撃波が大きく大地を揺るがした。


一度だけ、それなのに。

その衝撃波は大地をえぐり取り、原野は一変した。

えぐり取られた大地に注がれた濁流は水を湛えて湖と化し、荒々しく波打っていた。

それに溢れた水は勢いを失い、穀倉地帯の大地を潤すかのようにゆっくりと広がり出た。


今生まれでた湖は水面に青白い月を映し、星が競うように輝きを放つ。


その神秘的な風景に あるべき姿は なかった








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