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154.防護の力

「おい、無事か?」

軽く息を乱し、返り血に染まったライックの姿は鬼神の様だった。エイドルの傍らにある(むくろ)に目をやると、口の端を上げエイドルの肩を叩いた。


殲滅にうつっている戦いは、山神の男たちによって意図的に戦いの場を追われていた。

戦場に残るのは幾多の軀、漂う血の香りと土煙だ。


ライックはイヴァンの亡骸を山神の男たちに引き渡すと、真緒を抱くライルに声をかけた。

「とりあえず、村の神殿に移るぞ」

ライルは真緒を離したくなかったが、体力は底をついていた。頬を撫で、額に唇を落とすと イザの腕に託した。

ライルは重い身体を気力で動かし、ライックの手を借りて馬に跨った。


石版の透明な壁は消え失せ、石版は遺跡のようにそこに佇んでいた。

こうやって真緒に触れられることが信じられない。腕の中の真緒は規則的な浅い呼吸で眠りの中にいた。

イザは 石版を片手でなぞり、コンコン、とノックしてみた。

…何も起こらない。

そうだよな…

ホッとする気持ちと、ガッカリしたような気持ちになりながら真緒を抱き上げた。

そのとき、真緒の手に握られている小袋が、手を滑り落ちた。イザの視線が追う先にエイドルの腕が伸びた。

エイドルはそれを拾うと、真緒の首に掛けてやり、その上に真緒の手を重ねた。もの言いたそうに真緒を見つめるエイドルの姿を、イザは黙って見つめた。

「あのとき、ライル様を庇ってマオが剣の前に出たんです。オレ、咄嗟にあいつ(イヴァン)に斬りかかったけど間に合わなかった…」

エイドルはマオの手に自分の手を重ねて、その温かさに縋るように少しだけ力を込めた。

「マオの身体が青紫の光を放って、一瞬、あいつの動きを止めた。それで倒すことができた…」

そうか、イザはそれだけ答えた。

「…マオは身をを投げたして 護ろうとした…」


深い眠りにある真緒の表情は、安らかにみえた。

それは愛する人を護れた安堵なのだろうか。


「…ありがとう、マオ」

それだけ告げて、手を離した。イザはただエイドルが気が済むように待つだけだった。ライックの馬はもう小さな後ろ姿だ。


「…いいのか?」

イザの言葉に、エイドルは、はい、と答え背を向け歩き出した。近くにいるのに触れることのできない存在。永遠に失うことも辛いが、これも茨の道だ。


幸せを願う気持ちに偽りはない。


相手がライルだから、そんなのではない。

━━━ 愛しい人が認めた相手だから。

そして、想い合う二人の信頼の深さを知ったから。


ただ、穏やかな気持ちでいられるようになるためには時間が必要そうだった。


寂しげだが 少し逞しく感じられるエイドルの背中を、イザは何も言わずに見つめた。

こんな穏やかな気持ちでエイドルを見守ることができるようになった自分は、ようやく長い暗闇から抜け出たのかもしれない。青空のように澄んだ気持ちにはなれないが、ミクとの出会いに悔いはない。

エイドルも いつかそう思える日がくることを願った。


まだ喧騒の残る戦いの場を後にし、真緒を抱くイザとそれを護るように進むエイドルは、神殿へと向かった。



村の神殿には、リュードがナキアと共に待っていた。

イザは真緒を別室で休ませると、エイドルを伴い祈りの間に向かった。

すでにライックとライルはリュードと向かい合い、会話の途中の様だった。それを遮らないように イザは近くの長椅子に腰かけて、会話を追った。

「━━━ イヴァンを囮に残党を谷へ集め、そこで一掃する。既にタクラが向かっている」

「サウザニアから支援部隊が向かっている、と聞きましたが?サウザニア王もマオを欲しているとみえますな」

ライックの言葉に リュードは同意を示し、真緒を捕らえたが敗走中だと、偽の情勢が伝えられているのだと明かした。

「サウザニア王が二心を抱いていたこと、知っていたのか、リュード殿。あいつ(イヴァン)は宝剣を持っていた」

ライルの言葉にイザの片眉が上がった。

「…宝剣?」

「はるか昔、サウザニア軍が山神のエリアに攻めいったことがある。谷へ導かれたサウザニアの大師団は瞬時に消えた。黄泉の道が開かれたからだ。

そのときに地の割れ目から剣で払い 生き延びた者がおった。その剣が邪を払う宝剣としてサウザニアに伝わっているのだ。あれは王の剣。それを 王はあれ(イヴァン)に託した。

『マオを連れ帰れば 王に近づく』と」

リュードの言葉を睨むようにして聞いていたイザだったが、腕を組み瞑した。

「サウザニア王にとっては、どちらでも良かったのであろうな。上手くマオが手に入れば良し。上手くいかなくともイヴァンが責を追えば良いこと」

リュードは淡々と口にした。

「マオが石版に囚われたのは、この結果を導くためか?」

ライルは強い視線をリュードに真っ直ぐ向けた。それを正面からリュードは受け止めた。

「我の意思ではない。渡りの樹の意思だ。それに従い我は動いた」

「━━━囮にするためではない、ほかの目的があってマオは囚われたのだろう?」

ライックはリュードからナキアへと視線を移した。その視線に身体を震わせ顔色を悪くしたが、ナキアは声を震わせながらも言葉にした。

「そうです。石版の護りの力を復活させるためには、マオの存在が必要だった。だから囚われたのだと思います」


渡りの樹はエストニルを創ったシャーマンの力の名残り。この国を護るための存在。しかし、その力を継承する者は皆無であり、始祖返りといわれたナルテシアも、そこまでの力を有しなかった。

時の流れの中で、石版の力は徐々に弱まりつつあったのだ。

「━━ 本来は18年前、ミクの力を借りて成し得ることだった。しかし ミクはかえってしまった。護りの力は修復されないままなのだ。この機会に、護りの力を戻す、それが渡りの樹の意思だ」

リュードの説明に皆、一様に黙った。

「それは黄泉の谷で起こることと関係があるのか?」

沈黙の後、ライックは口を開き リュードの言葉を待った。

リュードは、そうだ、と告げた。

サウザニア軍を黄泉の谷へ誘い、石版の防護の力を持って地中に沈める。そのエネルギーが、石版の力を一新させ防護の力を強める。防護の力で黄泉の道を開くには、ナキアの力だけでは難しい。渡り人である真緒を媒介して始祖のシャーマンの力を得るのだ。


「…だが、真緒は石版から解放されてしまった。眠りの中にある今がシャーマンと繋がり易い」

「…それをしたらマオはどうなるんだ?」

低いライルの声が、祈りの間に響く。

たっぷりの間を置いて、リュードは答えた。

「わからない」

わからない…?マオを危険に晒すのか?

ライルは無意識に立ち上がっていた。リュードを見下ろし、混乱の中にいた。

そんなこと、許せるわけないだろう!

「石版の国境防護は山神の使いにとって必至。この地を侵され、奪われることがあればエストニルの民も戦乱の中に置かれることになる」

これまでの修羅の道が無になる。

恒久の平和など有り得ない。しかし、安寧の時間を少しでも長く保つ努力はできるはずだ。

石版の護りの力は、そのための護符なのだ。


ライルも頭では、理解している。

でも、気持ちが拒否する、真緒を危険に晒すことに。













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