153.光を裂く剣
剣戟の音、怒号、蹄の音…
戦いの場はその勢いを増しなが近づいてきていた。
戦いの様子は見えないが、森の茂みから土煙が立つのが見える。
近づいている!
自然と強ばる身体に深呼吸を繰り返していく。
緊迫した状況に 身体に緊張が走る。
━━ それなのに。
ライルの背に庇われている。このシチュエーションにときめいている自分に呆れつつも 幸せに満たされて頬が緩む。
いけない、いけない。気を引き締めなければ。
首を振り気合いを入れ直していると、隣で柄に手を掛けて警戒するエイドルと目が合った。
呆れた顔でみているところを見ると、ニヤけた顔を見られたらしい。
「…お前なぁ…」
エイドルのため息混じりの呆れ声に、真緒は慌てて真面目な顔を作った。
ちゃんと分かってます!現実みてますよ!
決してふざけた訳では無い。ただ、幸せだなぁ、って思っただけだ。
戦闘が迫る中、さすがにエイドルもそれ以上は言わなかった。視線を真緒から前方の茂みに移すと、石版の5メートル程前に立ちはだかった。
「…無理はするなよ。引き付けてくれればいい」
ライルの言葉にエイドルが頷くのが見えた。
「マオ、下がっていろ。俺からできるだけ離れるんだ」
抜き身の剣を傍らに置き 短剣を確認する姿に、真緒は石版の透明な壁に着くまで退いた。背中に光の膜の温もりを感じる。
(どうか ライルとエイドルを護って!)
目を閉じ強く念じれば、光に吸収される感覚が真緒を襲った。
(ダメ!今はダメ!)
意識を持っていかれそうになるのを必死で堪え、ライルとエイドルの背中を見つめる。
真緒の視界にも数騎の騎馬が土煙の中に見えた。エイドルが剣を払うのがみえた。剣戟の音と共に馬の嘶きが響き渡り、石版の脇を抜けて騎馬が走り抜けていき、エイドルを囲んでいた歩兵騎士が散らされてゆく。
イザとライックの参戦により、石版前の戦闘は情勢が変わった。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うサウザニア兵を森の奥へと押し返していた。更に山神の男たちに追撃され、次第に兵が分断されていく。圧倒的優位にみえる戦況に胸をなで下ろしライルをみた。
その背中は動かない。研ぎ澄まされた緊張を全身から発して集中しているのがわかる。
何かを待っている…?
そんな印象を受ける。戦況よりもライルの様子が気になり真緒は視線を外すことができなかった。
自身の背中はより熱を帯びて、光の拘束が強まるのを感じていた。真緒は何度も頭を振り、意識を保つ努力が必要だった。壁から離れることができない。自身の皮膚のように膜が背面から覆い、真緒を飲み込もうとする。それに抗うのが精一杯だった。
(なんでこんな時に!)
悔しさに奥歯を噛み締める。
ナルテシアさん、本当にいい加減にして!私に何をさせたいの?こんな状況の中、どこに連れていくつもりなの?
ライルに強い視線を向けることで、光の力に抗う。
強い衝撃を受け、真緒を捉える光の拘束が緩んだ。
床に投げ出されながら見上げた空には太陽に重なる影が石版へと剣を突き立てていた。ブロンドの髪が大きく揺れて陽の光に輝く。壮絶な笑顔を湛え、真緒を見つめる視線に背筋が凍った。
「━━ 瞞しだと思っていたが、さすが宝剣とされるだけのことはあるな」
剣は怪しい輝きを放ち、透明な壁と拮抗している。剣先は壁を抜け、真緒のいる空間に存在していた。
「マオ、迎えに来たよ」
まるでライルがいないかのように、真緒だけに視線を向けるイヴァンに狂喜の笑みが浮かぶ。
その瞳に囚われてはいけない。
真緒の頭に警鐘が鳴り響く。それなのに目を離すことができない。ライルを求め床を這うように手を伸ばせば、ライルの指先に触れた。
イヴァンは初めてライルの存在に気づいたかのように、その姿を一瞥すると残忍な笑みを浮かべた。
イヴァンの剣が深さを増した。
「邪魔者は… … 、ぐうゎっ!!!!」
それは瞬きの中の一瞬のできごとだった。
真緒が恐怖から閉じた瞳を開いたとき、イヴァンの声は断末魔の叫びに変わった。
ライルの剣は濃い青色に輝く刃となって、光の壁を貫きイヴァンの胸へと達した。
鮮やかに散る赤が 光の膜に降り注ぎ、その合間から執拗に求める視線が真緒を捉えて離さなかった。
声にならない悲鳴を上げ、真緒の意識が遠のく。それをライルの力強い腕が引き留めた。
抱く腕に更に力を込めて、ライルが呼び止める。
「俺を見ろ、俺を感じろ!…光に呑まれるな!」
「マオ!」
これはエイドルの声…?
あれ?イザの声もする。大丈夫だよ…そう伝えたいのに声が出ない。
「マオ!」
ライルの焦った声がする。私 怪我なんてしてないよ。ちゃんとライルが護ってくれたじゃん。
抱きしめてくれて、私、ちゃんとライルを感じてるよ。
あれ? おかしいなぁ…私の手、透けてない?
なんだかとっても眠い…
ノロノロと自身の身体を見回せば、スケルトン仕様になっていた。
「…なに … これ…」
狼狽する真緒を安心させるように、ライルは惹き合いの石を真緒に握らせた。その手を自身の手で包み込み、何度も真緒の耳元で囁いた。
「俺を感じろ!俺だけを見ろ!名を呼べ!」
その声に目を開ければ、ライルの背中越しに、イヴァンの剣先が怪しい光を放ち迫る様が、スローモーションのように映し出された。
身体が動いていた。
ライルの身体を力一杯引き倒し、自身の身体と入れ替えた。エイドルの剣がイヴァンを払う様子が視界の隅に映る。
ライルを護って…!
剣が身体を貫くことは容易に想像できた。
自分から剣先に飛び出したのだ。仕方ない。
身を固くしてその瞬間を受け入れた
痛みもなく、広がる幸福感は 天に召されたのだろうか
真緒は眩い光の中で 己を確かめた
眩しいのは私を包む光じゃない
私自身だ
両手を開けば惹き合いの石が、青紫の焔のような煌めきを放ち、鼓動を刻んでいた
真緒の身体に取り込まれ、煌めきはようやく落ち着きを得て元の姿に収まった。
「…あ…れ…?」
本当に 痛くない。血も流れてない。
あれ?
風を感じる。土埃を含んだザラついた風。
深く息を吸えば、血腥さが鼻を突く。その鉄の香りに胃がせり上がり、思わず己を抱きしめる。
エイドルが動かぬイヴァンの傍に立つ姿が視界に映った。
「見るな」
ライルが自身の胸に真緒の顔を引き寄せた。
「もう終わた。だから、見るな」
ライルの言葉が遠くで渦をまく。
いい子だ、マオ。そのまま眠るんだ。
そうしたら全てが済んでいるから。
深い眠りに誘うライルの言葉が、抗う真緒の意識を繰り返し奪う。波が満ち干きするように意識の波は揺れ、思考を奪う。
深い眠りに真緒は落ちた。




