15.師弟の溝
イザは苦虫を噛み潰したような顔で目の前の男をみている。王の先遣で王都から来ているライック師団長を追い出すわけにもいかず、書類も手をつける気になれず、こうして対峙しているのだ。
王の一行が王家の庭を訪れるまでひと月を切り、森近くに騎士団が常駐しているとはいえベルタの自警団も対応に追われていた。一層賑わう街の警備も頭の痛いところだった。自警団の副団長の一人であるイザは通常の仕事に加え警備増強、騎士団との連携などの業務に忙殺され、執務室に監禁状態だった。
そこにきてライックの訪問である。
「…なんでしょうか…?私は大変忙しいのですが」
用がないなら帰れ。視線を書類に向けて乱暴に捲る。
言葉だけは丁寧だが、迷惑だ、とあからさまな態度である。そんな態度もライックには通用しない。
「ずっと座っていたら 効率悪いだろ?身体がなまるぞ。ちょっと俺に付き合え」
ライックは手に訓練用の剣を2本持ち、手合わせしろ、団長に話は通っているから、と迫った。
…変わらないな、この人は。
昔から言い出したら聞かず、強引だった。正義感に溢れ、漢らしく、イザの憧れでもあった。7歳上のライックはイザの教育係だった。見習い騎士として入団し、生活のほとんどを一緒に過ごした。この人の背中を追って鍛錬に励み、共に並び立つ日を夢見た。
13歳のあの日までは。
未久が消えた夜、ライックは未久の護衛にあたっていたはずだった。しかし、イザは渡りの樹へ向かう途中でみてしまった。宰相とライックのやり取りを。
「これでお手を煩わせることはありません」
淡々と報告するライックを。
マルシアの背中を擦りながら、未久が戻ってくるのを待った。朝を迎えるまでの永い時間、宰相とライックのやり取りを反芻した。
あの手紙はちゃんと王子に届いたのだろうか…
未久が消えたことを喜ぶ奴らがいる。他国との婚姻を奨める宰相もその一人。
許せない。
未久を守らなかった王子も、宰相もライックも。
中庭に向かうライックの後ろを歩く。
この人は俺が憎んでいることを知っていて、平気で背中をみせる。俺はもう13のガキじゃない。実戦経験を積み重ね、自警団の中で五本の指に入る腕前を自負している。ライックは何を考えているのだろう。
こうやってライックと手合わせをするのは何年ぶりだろうか。剣を混じえれば、俺の気持ちは変わるのだろうか。裏切られたことは許せない。でも、どこかでまだ信じている、ライックという漢を。
あの夜、何があったのか、真実を語ってくれる日がくるのだろうか。
人気のない中庭で、剣を構える。
お互いの距離を図りながら間合いをとる。力ある者との対峙は高揚感と心地よい緊張感をもたらす。
ライックは一気に間合いを詰めイザの剣を払う。イザは力でそれを抑えつけると剣ごと押し返した。何度も刃を合わせ、打ち合ううちに心が無になっていく。
気がつけば随分と時が経っていた。
「いい腕になったな」
ライックは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
イザも素直に言葉が出た。ライックはイザの肩をポンポンと、叩くと何も言わずに立ち去っていった。
昔と変わらないライックを感じ、イザはその背に頭を垂れた。




