149.護りを解く鍵
「━━ 珍しい客だね。呼んだ覚えはないけど」
ライックの背後から人が近づく気配がして、やがてマルシアが姿を見せた。年配の恰幅のいい女性は、身体を左右に揺らしゆっくりと近づいてきた。
ライックは軽く頭を下げると、およしよ、と嫌そうな顔で手を振った。
「大体のことは、イザから聞いている。あの子を護ってくれて 感謝してるよ」
で、今日は何なんだい?近くの草を摘みながら、マルシアの背中は、用がないならとっとと帰れ、と告げていた。わかりやすい態度に思わず苦笑する。
「石版の護り」
キーワードを告げると、マルシアの表情が変わった。
「…込み入った話にりそうだね」
着いてきな、そういってさっさと扉に消えた。
一応 受け入れてもらえたのだろうか…
大人しくマルシアに従った。
簡素な室内も昔と変わらなかった。
あの頃は旅人に紛れ、ミクという人物を警護というより観察していた。懐かしい気持ちで見回しているとマルシアが戻ってきた。
「昔と変わらないだろ?あんたが時々来てミクを調べてたのは知ってたよ」
ライックは純粋に驚いた。梟の一員である自分の素性が知れているとは夢にも思わなかった。その驚きがマルシアに伝わったのだろう、マルシアはライックにカップを差し出しながら、自身も口にして笑った。
「知ってるんだろ、私が山神の使いだって。ナルテシア様亡き後の、この森と渡りの樹の守り人さ」
だから、旅人と戦う男の違いはすぐにわかるのさ、ふくよかな身体を揺らしながら教えてくれた。
「で、何が聞きたい?」
単刀直入に切り込んでくる。案外この人は宰相と馬が合うのかもしれない。
「マオが始祖の村にある石版の護りに囚われている。狙う奴らから護られてはいるが、石版から離すことが出来ず、保護もできない。貴方はその護りを解く鍵を知っているのではないか、と思っている」
「なぜそう思うんだい?」
マルシアは挑むような視線を向けた。ライックもその視線に応えた。
「18年前、イザに託した手紙。
【王子しかとめられない】
その意味を考えた。その答え合わせをしたい」
マルシアは 目を閉じ黙すると、腕を組んだ。
しばらくの沈黙の後、ようやくマルシアは口を開いた。
「わかった。話しておくれ」
そういうと再び目を閉じた。
互いが想い合い、強く互いを望まなければ叶わない
あのとき、ミクは還ることを望み、マージオはそれを見送った。だから、真の願いは叶ったのではないか
では、今回は?
互いが求め合えば、石版の護りから解き放たれるのではないか?
ライックはマルシアの表情の変化を見落とさないように、注意深く観察しながら話し終えた。残念ながら、マルシアの表情が動くことはなかった。
長い沈黙の後、マルシアは大きく息を吐き、ゆっくりと目を開いた。
「…さすがだ、宰相は良い部下を持ってるね」
ひと息にカップの残りを飲み干すと、席を立った。
そのまま厨房へと消えた。明確な答えは貰えなかったが、仮説は正解であるとライックは確信した。
すぐに戻ってきたマルシアは小さな木箱をもっていた。それを開と開けてみろ、とライックに差し出した。
それは 軽いものだった。
蓋を開ければ布に何かがくるまれている。その包みを開ければ、現れたのは濃い青色の石だった。
手に取り透かしてみる。取り立てて何か変わったものに思えない。ライックはそれが何か探るため、握りこんだりしてみたがわかったのは鉱石であることくらいだった。
「…ラピスラズリか?」
「あぁ、似ているね。でもそれは違う。
それは、マオとマオの唯一となる人間が、渡りの樹に真名を告げ合うことで生まれた惹き合いの石だ」
渡りの樹に気配を感じて訪れれば、これが生まれでた。時期を確かめれば、ライルの目覚めと一致した。
マージオがミクの気配を感じとったのは、この惹き合いの石があったからなのか、ライックの中でピースがハマった。
マージオの指にある金細工の指にはミクに贈ったベンダントヘッドと同じ石がはまっている。ひとつの石をふたつにして加工したものだときいている。
「お互いが求める想いと この惹き合いの石がなければ、石版の護りは解放されない」
持っていけ、マルシアはライックの前に箱ごと突き出した。
いいのか?と目線で問えはマルシアは笑った。
「マオを救ってくれ。幸せになってほしいんだ。
ミクはマオを育てるために、元の世界へ戻ることを選んだのだろう。
でも、マオは向こうの世界ではひとりだ。
想い合う相手がいるのなら、この世界で幸せになって欲しいんだ」
頼んだよ、マルシアは初めて優しい瞳でライックを見た。
この人はミクが去って苦しんだ。マオに会い、自身を許せる心境に辿り着いたのだろうか。
ライックは立ち上がり、深々と頭を下げて木箱を懐にしまった。
「マオのことを護る。マオのこと 託してくれてありがとう」
マルシアはライックの言葉に何もいわず、ただ手を横に振った。
用が済んだならさっさと帰りな、そんな風情に見送られ、ライックは宿屋を後にした。




