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148.仮説

若い身体は回復も早い。

ノイアスはライルの診察を終え、心配そうに佇むニックヘルムに声を掛けた。

明らかに安堵した様子のニックヘルムは、それを隠すためか、咳払いを繰り返した。

「…国王と戻らなくて良かったのですか?」

ノイアスが尋ねると、ニックヘルムは涼しい顔で答えた。

「国王も王太子も 自分の役割を果たせばよろしい。私がいなくても国は回る」

息子との時間を取り戻すように過ごすニックヘルムを好ましく思う。危うさが失せた姿にノイアスは目を細め、この親子の幸せを願った。


ノイアスが退室すると、入れ替わりにヴィレッツが入室してきた。

ライルに体調を確認すると安堵の表情を浮かべ、ひと安心ですな、とニックヘルムに声を掛ける。素直にそれを受け取るニックヘルムの反応を、少し目を開き意外そうに見つめれば、なにか要件があるのだろう?と逆に促された。ヴィレッツは苦笑いを浮かべ、訪ねてきた要件を口した。

「実は、マオが見つかったと、報告があった」

その言葉に反応してライルが勢いづいて起き上がった。それをニックヘルムが、横になれと気遣うが、ライルはヴィレッツの話の続きが気になり、制止を振り切り先を促した。

ニックヘルムの視線が痛い。

それはライルに聞かせても大丈夫な内容なんだろうな?

そんな言葉が視線から伝わってくる。ヴィレッツはニックヘルムの変わり様を素直に喜ばしいことだと歓迎している。揶揄い甲斐もあるというものだ。

「そんなに心配しなくても大丈夫だ。無事だ」

明らかにホッと身体の力を抜くライルに微笑んだ。

それを伝えたかっただけだ。

ライルの礼に軽く手を挙げて応えると、一瞬ニックヘルムに視線を投げて退室して行った。

「お前はまだ休むんだ。本調子とは言えない」

退室していったヴィレッツの背中を思案げに見つめる息子の気を逸らすかのように、急かし立ててベッドへ戻した。

「焦ることは無い。しっかり治すんだ」

大きな手がライルの手を包む。血の通った温かい手。冷徹な仮面の下は、こんなにも情のある人だったのだと改めて思う。過保護なくらいの愛情を注いでくれる父。顔の周りにみえる白髪をみつめ、この人を大切にしなければと思う。


しばらくすると、仕事に戻る、そういってニックヘルムも部屋を出た。

その足が向かうのは自身の執務室だ。

そこにヴィレッツが居るはずだ。ニックヘルムの補佐をしているヴィレッツは、多くの時間をニックヘルムの執務室で過ごす。

それなのにわざわざライルの寝室まできたのだ。

ライルに伝えるだけでない何があるのだろう。

向かう廊下の中で、父親の顔は失せる。

今、その顔に浮かぶのは辣腕を振るう宰相の顔だった。

「待たせましたな」

ヴィレッツに向かい声をかけると、構わない、と手に持った書類をみせた。別の案件をしていた、ということだろう。

「それで、問題点は?」

本題に切り込む。ヴィレッツも心得たようにすぐに応えた。

「マオが現れたのが、始祖の村。その石版に囚われているようだ。イヴァンが現れマオを連れ去ろうとしたが、石版に阻まれて撤退した。再び奪いに来るのは必定。それまでにマオを安全な場所に移したいが、石版の護りに阻まれている」

「…石版…。あの国境防護の?」

ニックヘルムの問いに頷き肯定する。

「囚われている、とはどういう状況なのですか」

「石版が発する護りが、マオを囲む檻のようになっているらしい。危害を加えようとすると弾き返される。しかし、マオ自体もその檻の外へ出られないし、タクラ殿でも壁に触れるのが精一杯で、マオに触れることもできない」

イヴァンも奪えないが、こちらもマオを救出することができない。現在はイヴァンを警戒して、石版の周囲を山神の男たちが警戒している状態だ。

「リュード殿がマオを助け出す方法を調べているところだが、マオの安全のためにもイヴァンを潰すのが最善策と思う」

それにはニックヘルムも同意見だ。


山神の男たちの報復に手を貸す。

サウザニアの国内情勢をみて、交渉相手を国王としたところはさすがだ。王太子候補は定まらず、勢力図も変化している中で、ひとつの派閥との交渉はリスクが高い。そして、騎士ではなく、自警団から人選して派遣することで、いざという時に国の関与を断つことができる。よく考えられている。

ニックヘルムはヴィレッツが、国王と自分の報復で戦端が開かれることを回避すべく、この作戦を動かしたのだと知っている。知っていて、黙認したのだ。

さぁ、これをどう処理するのか…

顔の前で腕を組み、挑戦的な視線をヴィレッツにむければ、艶やかな微笑みが返ってきた。

「確実に仕留める」

ヴィレッツは表情を一変させ、笑顔を消して続けた。

「ライルをしっかり止めておいてくほしい」

もちろんだ、ニックヘルムも応えた。

今の状態ではろくに剣も振るえないだろう。だが、マオのことを聞けば、無理をしても向かうだろう。

手に入れてしまえば、失うのが怖い。

もう失いたくないのだ。


ライックは森の宿屋を訪ねていた。

一度国王を護衛して王都へ向かったが、王城まで送り届けると、秘密裏に引き返し、腹心の報告を受けた。


マオが始祖の村に現れた。石版に囚われている


その事実を解決する鍵を、ライックは宿屋の主人マルシアが握っている、ライックには確信があった。

18年前、イザに託した手紙だ。


【未久が帰ってしまう 王子しかとめられない】


なぜ、王子だけなのか…

止めるならイザでも良かったはずだ。

マルシアはあの場にいた。光の壁に阻まれて見送るしかできなかった姿を思い出す。

王子しか止められない━━━━━愛し合う相手しか止められない、そうでは無いのか?


互いが想い合い、強く互いを望まなければ叶わない


そうマオが告げ、お互いが願った結果だと、ライルは言ってなかったか?


あのとき、ミクは還ることを望み、マージオはそれを見送った。だから、真の願いは叶ったのではないか


では、今回は?

互いが求め合えば、石版の護りから解き放たれるのではないか?


ひとつの仮説を導き出したライックは、それを確かめるためにきたのだ。

昼前の宿屋は閑散としていて、マルシアは留守だった。庭に回り待つことにする。

裏口に近い小さな花壇は、チューリップのような花が咲き乱れていた。ここはミクの花壇だ。

ライックも護衛のため、何度か訪れたことがあった。あの時のまま。この庭は時が止まっているようだった。この庭の持ち主の時も、止まっているのかもしれない。

イザを見れば分かる。彼らにすれば、ミクを奪った憎き相手なのだから。


















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