141.真の願い
眩い光に包まれた━━━━ところまでは記憶にある。
ここどこ…?
心地よい温かさを全身に感じ、身体の力が抜けていく。方向も時間もわからない。ただ、その温もりに身を委ねている。
私…生きてる?
元の世界に返された訳でもはなさそうだ。
何も無い空間。虹色に揺れる空間は明るいが眩しさはない。しかし、自分の身体がどの方向を向いているのか掴めない。漂っている、多分この言葉が一番近い気がする。
変なところにきちゃったな…
でも、なんだか懐かしい感じ?前にも来たことあるような…?既視感というのだろうか。
渡りの樹に願った
ライルを助けてくださいって
私がここにいるということは、その願いは叶ったのだろうか?
私という存在の代わりに、あの世界で生きて欲しい人が助かるのなら 嬉しい
…本当は その傍にいたかったけどね
その願いと引替えに 私は この空間の住人になったのだろうか
思いつくままに ぼんやりと考えていると、身体に風を感じた。 風?
そよ風のように身体を包むそれは、髪を撫でるように 頬を摩るように優しかった。やがてその風は、真緒の目の前で霞となり、少しずつ濃さをまして形づいた。
『マオ』
それは耳で捕らえる声ではなく、体内に感じる音だった。音波のように脳内に伝わり言葉に変換される。気付けば、白髪の上品な老婦人が目の前で微笑んでいた。
「…私はナルテシア」
ナルテシア…?どこかで聞いた名前…
「あの森の番人、渡りの樹の護り人と言ったらわかるかしら?」
鈴を鳴らしたような柔らかい笑い声が心地よい。
「渡りの樹はエストニルを創ったシャーマンの力の名残り。この国を護るための存在」
マオの髪を風が攫う。
「この国を救う使命を背負って生を受けたマージオは私の孫よ。その孫が使命を果たせるように、私が望み、それが叶えられてミクはこの世界にやってきたの。マージオと想いを通わせ、あなたが生まれた」
ナルテシアは真緒の手を取り両手で包み込んだ。
「マージオは精霊の力ではなく、自身をを慕い 助けてくれる者の力でこの国を救ったわ。でも、その代償は大きかった。ミクを失ったことで多くの人が心に傷を負い、癒されることなく時を重ね、その溝は埋まることなくきてしまった。それではダメ。この国の安定がこの先も続いていくためには、この歪を正さなくてはいけなかったの。マオ、それがあなたよ、あなたの存在がその歪を正して、この先に繋げてくれた」
子守唄を聴くような心地よい声色が真緒を包む。
「あなたの存在がこの国の未来を繋げたの」
ありがとう、ナルテシアはマオの手を自身の額に当て膝を折った。その瞬間、ぽっと光の粒子が舞い降りる。
「あなたの願いを叶えましょう」
ナルテシアは真緒を真っ直ぐ見つめた。その澄んだ瞳に魅入られ、真緒は夢うつつに口にする。
「愛する人を ━━ ライルを助けてください」
生きていて欲しい 笑っていて欲しい
そして
叶うことなら その傍で 一緒に生きていきたい
風になり 大地になって そばにいる
そんなの嘘
離れたくない 視線を交わしたい 温もりを感じたい
この先の人生を 共に 歩みたい
喜びも 悲しみも 分かち合いたい
溢れる 真緒の言葉は 止まらない
そう、それが真の願い━━━━━
いつの間にか溢れ出た涙を、ナルテシアは優しく拭ってくれた。
「やっと 真の願いに辿りついたわね」
慈しみのこもった声でそう告げられて、真緒は微笑み返した。
「はい。これが偽りのない私の願いです」
スッキリとした表情に強い意志を持った瞳は輝いて、真緒を囲む光の粒子も、惹かれ合うように輝きを増した。そして、粒子が集まりひとつの集合体となって真緒を包んだ。
「さぁ、行きなさい。あなたの愛する人のところへ。彼はあなたをこの世界に繋ぐことのできる唯一のひと。今は眠りの中であなたを待っているわ」
「え?えっ?」
一層輝きを増す光の中に吸い込まれる真緒に ナルテシアは微笑みをうかべた。
「あなたが彼を求め、彼もあなたを望まなければ、彼の魂は身体に宿らないのよ。さぁ、愛する人を想い描き、強く求めなさい」
「え~~~っ!」
急展開に戸惑いの声をあげる真緒をよそに、真緒の身体は光に呑まれる。あまりの眩しさにギュッと目を瞑り、ライルの笑顔を思い浮かべる。
━━━ 愛してます…
だから ずっと私と共に 生きてください
目を閉じているのにこんなに眩しく感じるのだろうか
眩しい光の流れを抜けた先には 渡りの樹があった。
湖面は光が反射し、虹色の光が舞う。水面に映る空はどこまでも澄んだ青。
真緒はその根元に横たわる人物に近づいた。
あのベッドで見たライルとは違う。
頬は淡く色づき、少し開いた唇は赤みがさしていた。青白さは嘘のように消え、明るく透明感を帯びて光沢を放っていた。
なんかさぁ、なんでこんなに艶っぽいのかな…
男なのにこの艶…、私の立場ないよね…
そんなくだらないことを考えていないと、嬉しさで泣き叫んでしまいそうだった。
生きてる ライルが生きてる!
その悦びは真緒の足を早めた。気付けばライルの傍らで膝をついていた。
ライルの髪をすくたび、愛おしさが溢れていく。言葉にすれば胸の深いところが熱くなる。それは瞼に伝わって、落ちる雫が頬を濡らした。
「貴方を 愛しています」
この世界で ライルと生きてゆく
同じ時間を重ねてゆく
静かに唇を重ねる。伝わる温かい感触に幸せが溢れた。
「貴女を 愛しています」
聴きたくて仕方がなかった声。
グッと、抱き込まれ胸板に頬が触れれば ライルの鼓動が確かにきこえる。触れて欲しかったその指が、真緒の髪を絡めとる。ライルの瞳がみたくて、真緒は身体を起こして瞳を覗き込んだ。
「…生き返ったぁ…」
真緒の泣き笑いの声に、なんだそれ、と困惑した表情を浮かべながらも、泣き止むまで頭を撫でてくれた。
横たわるライルに身体を添わせて、その温もりを感じる。お願い、夢なら醒めないで。
強く抱き締めれば、ライルの香りに慰められた。
「━━━━長い夢をみていた気がする。マオを失う夢…捕まえたくて、追いかけて…。やっと捕まえた」
抱き返す腕に力を込めてライルは笑った。
「もう離さない。どこにもいくな」
真緒は顔を上げ、ライルと視線を合わせた。
「違うよ、ライルが目覚めないから迎えにきたの。
どこかに行ってしまったのはライルの方」
刃に倒れ、目覚めない貴方を連れ戻しにきたの。
渡りの樹にお願いしたの、貴方を助けてくださいって
だから強く願って。私と共に生きたいって。
真緒はライルの肌蹴た左胸に唇を寄せて、唇の華を咲かせた。
「貴方は私のもの」
行動と言葉は大胆なのに、顔は真っ赤で視線も合わせられない。それは真緒ができる最大級の愛情表現だった。
「かえろう、みんなのところへ」
真緒はライルに囁いた。
左胸に咲いた華は輝きを放ち、ライルと真緒を包み込んだ。真緒はその光の中でライルの魂が体に宿るイメージを繰り返した。そして、ライルの胸に重ねてきたあのペンダントと指環を思い浮かべた。
その途端、強く目映い輝きに包まれて、ライルの身体が真央の腕の中から消えた。
大丈夫だから
きっと 私もかえるから 待っていて
目映い光に呑まれ、真緒の意識もさらわれていった、




