140.新たな任務
エイドルは着替えを済ませ、無理矢理朝食を胃袋へ押し込めると、イザの待つ部屋へと向かった。
入室の許可を得て入ると、書類に目を通しているイザの姿があった。
淡々と書類を捌く様子に、エイドルは 腹ただしい気持ちを持った。その事は、自分がまだマオのことを整理出来ていないのだと知らしめた。
「…来たな」
エイドルの姿を確認すると、イザは書類を置き エイドルにの元へやってきた。飯は食べたか?さり気ない仕草で座るように促し、自身もソファに腰を下ろした。
香りの良いお茶を二人分注ぐと、一方をエイドルに差し出した。
「新たな任務についてもらいたい」
カップを口に運びながら、淡々と語るイザに、エイドルは堪らず言い募った。
「副団長は、マオのこと許せるんですか!…オレは…オレは納得できません!」
エイドルが机を叩き、カッブの水面が揺れる。イザは気にした様子もなく、冷めないうちに飲めよ、と頭をガシガシ掻いた。垂れ目の瞳は優しいく凪いでいた。
「…オレは18年間待った。きっと帰ってくる、そう信じて」
湯気の上がるカッブを両手で持ち、水面を見つめた。
「もっと自分に護る力があったら、ミクをが消えることは無かったのに。ずっと悔やんで、護るべき人が護ってくれなかったからだと、ずっと憎んで生きてきた」
イザはエイドルに真っ直ぐに視線を向けた。
「…マオが好きか?」
言葉に詰まり赤面するエイドルを微笑ましくみつめる。
「オレは13だったよ。愛とか恋とか、そんな気持ちになるには幼すぎた」
「マオはミクによく似てる。自分が気持ちを向けるものにはストレートだが、人の気持ちには呆れるほど鈍感だ」
でもな、そんな真っ直ぐなところに惹かれたのかもな…
イザの呟きにエイドルは自身の気持ちは何なのか考える。
「よく分からないんです。お互い言いたいことを言い合える、それが居心地いい。ライル様に嫉妬する気持ちはないんです。むしろ、なんでこんな状態のライル様を置いて消えたのか、なんで相談してくれなかったのか、頼りにされなかったことへの怒りが強いんです。もっと自分に力があれば、頼ってもらえたのか、そう思うと 自分が情けないんです」
カッブのお茶は甘いはずなのに、ほろ苦く感じた。エイドルは誤魔化すように、続けて何口も飲んだ。
「なぁ、エイドル。マオは何故渡りの樹へ行ったと思う?」
「…えっ…?」
「オレはライルを目覚めさせるために行ったんだと思っている。マオはミクが渡りの樹に願って元の世界へ戻ったことを知っている。渡り人の真の願いを叶える、あの樹にはその力があるといわれているんだ」
優しい瞳は真剣さを帯びてエイドルの視線を捉えた。
「いつ戻ってくるか、本当に戻ってくるかなんて分からない。ミクは戻らず マオが来たしな。━━それでも マオを待てるか?」
「待てます!マオを信じます!」
即答だった。自分の口から出た言葉に自分で驚いた。
イザは嬉しそうに目を細め、頭を掻くと真面目な表情になった。
「エイドル、新たな任務だ。渡りの樹でマオを待て。戻ってきたら必ず護るんだ。そのために 腕を磨け、ライック師団長に学ぶんだ」
お前を騎士団に推した。師団長の元で力をつけろ。
いいな?
正式な入団手続きが済むまでは、オレと行動を共にしろ。しばらくはヴィレッツ殿下の元で動くことになる。エイドルの瞳に力が宿ったことを確認して、イザは席を立った。
「もっといい女を見つけろ、あんなじゃじゃ馬苦労するだけだだぞ。女っていうのは、こうだ」
イザは両手で理想の身体を表現してみせた。いわゆるボン キュッ ボン である。赤面するエイドルの肩をポンと叩き、イザは再び書類仕事に戻った。エイドルは一礼すると部屋を後にした。廊下から見える空は、雲ひとつない抜けるような青空だった。
エイドルも気持ちの整理ができそうだった。
昼過ぎに、ヴィレッツに呼び出されたイザはエイドルを連れて赴いた。
「お呼びと伺いましたが」
イザが口火を切ると、ヴィレッツはチラリと背後のエイドルを見遣り、口の端を上げた。いつも浮べている美しい微笑みではない。猛禽の目で獲物を捕える、ハンターの顔だ。エイドルはその視線に応えるように強い視線を返した。
「彼が、ライックに推薦した騎士か」
いい目をしている。ヴィレッツは満足そうに笑を浮かべ、今度は優しい眼差しでエイドルを見つめた。
「ルーシェの弟か。その眼差しはよく似てる」
あぁ、この方に仕えていたのか…。
近衛騎士となったあと、何やら父であるダンと親密になったと思っていた。裏にこの方がいたのだ。父が関係するとなれば、ただの近衛騎士ではないことは明らかだった。そうか…蜘蛛…。
だからマオの護衛の任についていたのか。
「ライックに付いて学べ。研鑽を積めば道はある」
━━━自分もなれるだろうか。
そんな思いを見透かされたようで、エイドルは顔を赤らめた。でも、視線は逸らさなかった。
「精進します」
決意を口にすれば、ヴィレッツは満足気に頷いた。
「…後はお前だな」
イザに向かい意味ありげな深い笑みを向けたが、表情を改めると本題に移った。
「イヴァン殿下が国境を越えて入国する可能性がある。サウザニアで軟禁されていたが、どうやら脱走したらしい」
机に置いた人差し指が面を弾き、規則的な音を奏でる。
「マオのことは伏せてある。それを囮に決着をつける」
サウザニアに対して宰相は珍しく強行的な意見だ。ライルのことが関係しているのだとヴィレッツは感じている。このままでは、サウザニアとの間に戦端を開くことになりかねない。その前に、始末する。
「サウザニア王も争いは避けたいのだ。国内が安定していないからな。条件を提示したらあっさり応じたよ」
「━━━それは、脱走と関係しているということですか?」
「…どうかな、それはむこうの事情だ、こちらが知ることではない。我々がするのはイヴァン殿下に制裁を下す、その事だけだ。その結果に対してサウザニアが異を唱えることはない、という事実だけだ」
エストニル国内でことが起きれば、要らぬ疑いを持つ者の追求もあるだろう。他国からの疑惑を向けられるのも厄介だ。
「サウザニアの国境が山神の使いのエリアにある。マオをそこに匿っていると情報を流す。後はタクラ殿と詰めてくれ。詳細の判断は任せる」
「マオは必ず戻ってくるだろう。宰相や国王が報復を決意する前に決着をつける」
ヴィレッツが強い口調で宣言するのに合わせ、イザとエイドルは騎士の礼で応えた。そのまま退室の許可を取ると、イザの部屋へと向かって歩を並べた。
「夕方には出発するぞ。準備しておけよ」
イザの言葉に無言で頷く。昼間のうちに身体を休めておけ、無駄な緊張は力を削ぐぞ。イザはエイドルに言葉をかけて自室に消えた。
エイドルも官舎へ足を向ける。
ヴィレッツ殿下もイザも、マオが元の世界へかえったとは考えていないのだ。ライルを救うために何かをしているのだと捉えている。マオを信じているのだ。
自分もマオを信じよう。
そして、今自分にできることをするんだ。
エイドルの顔に迷いはなかった。




