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139.奇跡を信じない

ニックヘルムは朝焼けの光さす回廊を歩いていた。

執務前にライルの元へ立ち寄るのが この数日の日課だ。別邸の部屋へと足を運ぶ。

朝日が差し込むベッドに横たわるライルをみつめる。

何をするわけでも、語りかける訳でもない。

息子に何を語り掛けたらいいのか、わからないのだ。そんな自分が、こんなにも心配していることをライルはどう思うのだろうか。今更だと、冷たくあしらうのだろうか。

近づくと、違和感に気づく。

ライルの胸に置かれた手。

誰がこんなことをしたんだ?

その手を掴もうとして手が止まった。何かを握っているのだ。そっとその手に触れれば、仄かに温かみを感じるのだ。

何を握っているのだろう?

そっと手を返せば、マージオがミクに贈ったネックレスだった。マージオの指環と絡められ、互いの石が惹かれ合うように光を放っていた。

誰がこんなこと…?

マオしかいない。ライルに握らせたのだろう。

回復を願って、祈りを込めて。

渡り人は精霊の加護を受けているという。

胸に宿った小さな希望の灯火に、ニックヘルムの胸は高鳴った。ライルの変化を見逃すまいとその顔を見つめた。

白磁のように青白い顔色に色のない唇、陶器の人形を思わせる姿は、昨日となんら変わりはなかった。

(…気のせいか…)

期待が見せた願望か。落胆を隠そうともせず、大きく息を吐いた。目覚めの兆しに期待を込めたニックヘルムだったが、首を横に振り、自らの思いを否定した。

「行ってくる」

そう息子に呟くと、部屋を後にした。


重い足を運び、屋敷に三人は戻ってきた。

誰も口を開かない。足取り以上に重い空気がまとわりつく。エイドルの瞳は濡れていた。湖に入り全身濡れそぼっているからだけではないだろう。

マオに求めてもらえなかった悔しさが胸を締め付け、マオを失った悲しみが胸を抉った。

「着替えてこい。気持ちを入れ替えろ」

門をくぐれば、日常が待っている。マオが居ない、それ以外はいつもと同じ始まりの朝だった。

「支度して、朝飯食べたら、俺の所へ来い」

イザは要件だけをエイドルに伝えると、足早に姿を消した。

とにかく着替えをしなければ。

自室に当てられた官舎へと足を向けた。


ライックは一縷の望みをかけて、ライルの元を訪れた。マオが消えたことで、何かが起きたのではないか、そんな期待をもっていた。

変わらず横たわるライルに、落胆が隠せない。

やはりな…

どうしたんだ、俺は。

今までだって、奇跡とか見えない力なんて信じないできたじゃないか

それなのに、どこか希望を持って期待していた自分に驚く。ありえない。解っていた事ではないか。

俺は 奇跡を信じない。

己の力で導き出した結果が、全てだ。

ライックは目を瞑り、溢れてくる何かを堪えるようにしばらく動きを止め、天を見上げたのだった。


ライックはマオが渡りの樹に消えたことを報告すべく、謁見の間にむかっていた。

いつもより重く感じる足取りなのに、距離は短く感じていた。国王に真実を伝えることが、心に重くのしかかる。しかし、見届けた者として、伝えることが責務だと己を叱咤した。

名を告げてれば、入室の許可はすぐに下りた、

開かれた扉を抜けて、謁見の位置まで進み、礼を取った。宰相もいる。気の重い報告が一度で済むな…、ぼんやりとそんなことを考えながら 口を開いた。

「ご報告にあがりました。今朝、マオは渡りの樹に消えました」

ひとつ言葉が出れば、後の言葉はスムーズだった。

思ったよりも淡々と言葉にできたことに安堵した。

アルマリアが息を呑んだのが分かった。

ニックヘルムの表情は動かなかったが、伏せ目がちに視線を彷徨わせている。

マージオを盗みみれば、顔色は悪いものの 気丈に受け止めているようにみえた。

「…そうか…」

ひとこと、そう呟いただけだった。立ち上がり、窓の外をみつめる後ろ姿を、かける言葉もなく見つめた。少しだけ一人にしてくれ、その言葉に救われたように退室した。

何故悲しみの底へ突き落とすようなことをしたんだ?あの状態のライルを残していってしまったんだ?

マオ、何故なんだ…!

固く閉じられた扉を振り返り、ライックは問いかけずにはいられなかった。


扉をみつめるライックにヴィレッツは声を掛けた。

「イザの力を借りたいが、いいか?」

構わない、と答えたが、何故?と顔に出ていたようだ。

「私も ナルテシアの血を引いているのですよ」

ヴィレッツは思わず見蕩れてしまう微笑みを浮かべた。そういえば、報告した際、この方(ヴィレッツ)だけは表情が変わらなかった。受け止める、というよりは聞き流しているようだった。まるで別の真実を知っているかのような、そんな印象を受けたのだ。

「…私が あれ(イヴァン)を諌めていれば…。国へ返していれば、陛下を悲しませることにはならなかったものを…!」

自身を責めるアルマリアをヴィレッツは支え、侍女に託した。

「お心を病まれるな。きっとあの娘はかえってくる」

確信めいたその言葉に、ライックはヴィレッツを見つめた。

「渡りの樹は渡り人の真の願いを叶える。そう言われている。マオはライルの目覚めを願って渡りの樹へいったのだろう。今は信じるしかない」

その言葉が、ライックの心の奥に焔を灯した。湧き上がるエネルギーを感じる。

あぁ、信じたかったんだな、俺は。

裏切られたわけじゃない、そうだ。

ヴィレッツに礼を取り、足早に自身の執務室へ向かう。足取りは軽かった。









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