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127.イヴァンナの正体

背中が熱いんですけど…

真緒の武勇伝を聞いたエイドルの怒りが 沸点を越えたようだ。背中に伝わる圧がもの凄い。

いやいや、あなたが(エイドル)もっと早く助けに来てくれれば、武勇伝を増やすことはなかったと思う。そう言いたいが、これ以上エイドルの怒りを増やしても得策ではない。心の中だけに留めた。

「で?走る馬車から飛び降りて?馬の前に飛び出したの?」

そいつは凄いな。さすがに考えることが違うね。

エイドルの乾いた笑いが、頭上で響く。雷が落ちるまで秒読みだな…

心配をかけたのだから、叱られるのは仕方ない。でも、真緒なりに言い分はあるのだ。

世間ではそれを言い訳、というらしいが。

「村を勝手に出たのはダメだったと思ってる。エイドルのことを待つべきだった、反省してる。でもさ、イヴァンナのことは仕方ないじゃん。護衛だって言うし、美人だったから油断したのよ」

「…それ、本当に女か?オレ、副団長から聞いたんだ。マオを連れている()の正体」

「正体?なにそれ」

「…サウザニアの王子らしい」

「えーっ!本当に男なの?」

驚くとこはそこか!エイドルのため息混じりの呆れた声がする。

そこだよ、そこ重要!だって、だって一緒に寝てたんだよ!後ろか抱き締められてたんだよ!乙女としてはそこ、重要でしょう!

確かに女の人とは思えない力強さだった。腕に残るアザを擦る。仕草も男性的だって思ったな。言われてみれば、だ。男であれだけ美人とか、それもショックだわ。

「…お前、またどうでもいい事、考えてるだろ」

図星の指摘に反論できない。おおきなため息が またひとつ降ってきた。

「だいたい、お前は━━━」

お小言再開のゴングが鳴ったところで、エイドルが急に黙った。真緒の背中にエイドルの緊張感が伝わってくる。手綱を握る手に力が込められる。不安になって顔を見上げようとするが、前を見てろ、と制されて真緒は身を固くした。

その理由はすぐにわかった。

目の前の木の影から現れたのは、まさに今まで話題にしてたあの人だった。

「探したよ、マオ。彼と待ち合わせしていたのかな」

イヴァンナ━━イヴァンは憎たらしい程 艶やかな笑顔を向けた。朝見たドレス姿ではない。目立たない色合いであるが、質の良さそうな体に沿ったシャツとトラウザー姿だった。この姿を見れば、男なのは納得。緊迫した場面で現実逃避はお約束だ。

「━━━木箱を蹴破って、走る馬車から逃げ出すなんて、想像を超えた行動に胸が震えたよ、素晴らしいね」

さぁ おいで。

手を差し伸べられても行きません。真緒は首を横に振る。断固拒否!

「聞き分けのないのは いけないね、」

これまた艶やかな微笑みをうかペ、警戒することなくまっすぐ馬首を向けて距離を詰めてきた。

「…オレがアイツを止める。お前はこの馬で真っ直ぐ走り抜けるんだ。真っ直ぐいけば王家の庭に着く。そこにいる騎士に助けてもらえ」

エイドルは低い声で真緒の耳元で囁くと、真緒の手に手綱を握らせた。その手に自身の手を重ねてぐっと握り込むと、真緒の背中の温もりが離れた。急に不安になりエイドルを振り返りたかったが制されてしまった。

「無事に 逃げてくれ」

優しい声が耳を擽る。イヴァンの馬はもう鼻先まできていた。

「いくぞ!」

エイドルの鋭い声と共に馬が前に躍りでると、その勢いのまま走り出す。真緒は反射的に手綱を握りしめ馬の首にしがみついた。振り返り見た視界には、イヴァンとエイドルの身体がもつれ合い、馬上から落ちていく姿。

無事でいて!死なないで!

馬にしがみつく真緒にできることは、エイドルの無事を祈ること。そして、その気持ちを無駄にしないこと。それでも、心を締め付ける不安と エイドルを置き去る罪悪感が真緒を苦しめる。弱気になる心を叱咤して、唇を噛み締めて前を見る。

私があのまま居ても足手まといなだけ。少しでも早く駆け抜けて救援を頼むんだ。自分にできることををするんだ。



エイドルは追い込まれていた。

大きな木々を背に、三人と対峙しているのだ。


馬からイヴァンを抱き落とし、直ぐに馬を放った。これで追うことはできない。後は剣を交えて、真緒が逃げ切る時間を稼ぐのだ。イヴァンが剣を抜くのに合わせ、エイドルも剣を構えた。

「…ほぅ、なかなかの構えだな」

どこからでもどうぞ、イヴァンのどこか余裕を感じさせる声色に、エイドルはイラつきを覚えた。

ダメだ、これはこの男(イヴァン)の手だ。乗ってはいけない。いつもより大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。視線だけは外さず動きを追う。草を踏む音、風が抜ける音に静かに集中する。

エイドルは踏み出し素早く切り込んだが、逆にその力を利用され払われた。その勢いで間合いを詰め脇を狙うが、イヴァンはそれに軽く応じると 剣の背で払いのけ攻撃を仕掛けてきた。間一髪で避けると、エイドルは後退し 間合いをとった。

悔しいが、目の前の男は格上だ。切り結ぶには力の差があり過ぎる。

一撃必殺。心を決める。

息を整え、タイミングを図る。自分の息遣いがうるさい。早まる鼓動が主張する。

「殿下!」

草を踏み分け駆ける馬の足音と共に、イヴァンを呼ぶ声がした。加勢がきたか…エイドルの表情が一瞬だけ曇った。緊張が高まっていた間のバランスが崩された。エイドルは舌打ちすると、削がれた集中のやり直しを試みる。

加勢は鋭い目の男だった。

エイドルをその瞳に捉えると、獲物を得た狂喜の色を宿したがイヴァンの制止に従い、耳打ちした。

「くっくっく」

突然、イヴァンが声を上げ笑った。額に手を当て、我慢できない、と言わんばかりだった。作り物のような笑顔が消え、男性的な豪快なものだった。先程までの剣呑な雰囲気は霧散し、エイドルは笑い続ける男を前に呆然と立ち尽くした。

「命拾いしたな、次が楽しみだ」

しばらくすれば笑いも落ち着き、再び艶やかな笑顔を向けた。

「お前の助けもきたようだ。これで失礼するよ」

この勝負へのこだわりはないのか、イヴァンの関心は別の何かに移っているようだった。加勢の男の馬に同乗すると、あっさりと駆け出してゆく。

その姿を視線だけで追い、エイドルはその場に膝から崩れた。足が震えている。強い緊張から解き放たれ、全身に汗が浮かぶ。エイドル耳にも蹄の音が近づくのがわかった。ぼんやりとその姿をみつめていると、馬上の人は駆け寄り、肩を強く揺すった。

「大丈夫か!」

この声…

「おい!エイドル!」

「ライル様…?」

エイドルの全身を確かめ 大きな怪我がないことが分かると、ライルはふぅ、と息を吐いた。エイドルは渡された水を口に含む。止まらない。喉を鳴らし、ひと息に飲み干した。あぁ、生きている。喉が乾いていたことを実感する。ようやく足の震えが止まった。

「ライル様、申し訳ありません…」

エイドルの言葉を遮り、ライルは大丈夫だ、と告げた。

「よくやってくれた。お前が無事でよかった」

立てるか?差し出されたライルの手を借り立ち上がると、ライルはエイドルの背に腕を回し支えた。

「マオは、…まぁ、無事だ。ここに行け!っていったのはマオだからな」

一番聞きたかったその言葉に、エイドルの身体から力が抜ける。まだだ、もう少し辛抱しろ。励まされ気力を振り絞って馬に跨る。ライルも続いて跨ると、王家の庭に向けて、出発した。


「オレの居なかった間の話を聞かせてくれるか?」

ライルの声に身体を震わす。

マオの武勇伝ってことだよな…

話したら馬から突き落とされんじゃないか…

いや、殺気に耐えられるかな…

握り込む手に力が籠り、額に汗が浮かぶ。黙り込んだエイドルの様子に、ライルの顔つきが変わった。エイドルは空気が変わったことで、振り返ってはならないと悟った。

「おい、どうした?言えないことでもあるのか?」

地を這うような声に、エイドルの口は滑らかに語り出した。

イヴァンとの対峙とは違う緊張感に包まれ、エイドルは生きた心地がしなかった。

マオ、覚えてろよ!お前のせいだぞ!

氷点下の相槌に促されて、全てを白日の下に晒しながら、エイドルの恨み節は繰り返されたのだった。










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