126.脱出
ガタン、
木箱の中で頭がバウンドしてぶつかる。その衝撃で目が覚めて、真緒は自分が眠っていたことに気づいた。こんな場面でも居眠りできる自分って…、我ながら呆れる。身体が不規則にバウンドする。街を抜けて森を走っているのかもしれない。
身体を縮めた姿勢は、いい加減限界だった。
縛られてない足を動かしたが、直ぐに板に当たる。それでも構わず力を込めて板を踏みつける勢いで蹴った。要は拘束に対する八つ当たりである。
勢いよく両足揃えて蹴り出すと、バキバキ、と素晴らしい効果音と共に足の裏に感じていた抵抗が解消された。
(もしかして、蹴破った?)
そのまま足をバタつかせると、痛みを伴って自由が広がった。
よし!それなら頭もいけるんじゃない?
石頭には自信ある。狭い中だが、首を左右前後に回してストレッチすると、ヘディングの要領で側面の板を頭突いた。もの凄い衝撃を頭に受けて、真緒の意識が遠のく。あまりの痛みに足を縮めて身体を丸めた。
そんなとき、馬車の揺れが止まった。
やばい、気付かれた…?
身を固くして聞き耳を立てる。検問…?何やら話し声が聞こえて、木箱の中にも光が差し込んだ。荷馬車の幕を開けて、積荷を確認したらしい。それは直ぐに済んだようで、再び薄暗い空間となった。
蹴破ったのはバレなかったが、私が居ることも伝わらなかったじゃん!絶好のチャンスを棒に振ってしまい、真緒のテンションは最下層へ急降下した。
余計に頭が痛い。こんなことならやらなきゃ良かった。再び揺れを感じながら後悔の海に沈む。
しばらく沈んだら気が済んだ。
落ち込んでいても解決にならない。行動あるのみだ。
地道に蹴破った板から攻略することにする。
足を動かし、触れる板を蹴破って広げていく。これ、太もも引き締め効果抜群じゃない?自転車漕ぎの要領で踏み込んでいけば、なんだか気分が楽しくなってきた。
踏み込んで行くたびに身体が下へ移動していることに気づいた真緒は芋虫の要領で身体をくねらせて、足元の穴から抜け出す作戦に切り替えた。障害物競走の気分だ。命懸けな分、真剣さも気迫も充分だ。
お尻が引っかかるが、そこはケツ圧で解決する。平たくいえば、お尻で踏み抜いたってこと。でもこれ、地味に痛いな…。
引っかかったのはお尻だけで胸じゃなかっことにがモヤモヤするが、そこは気にしちゃいけない。無事に抜け出し身体を思いっきり伸ばした。
後ろ手に縛られたままで、よくやった私!
自分を褒めることも忘れない。
今度は馬車から脱出しなければ。
第2ミッション開始である。こちらは難易度がアップする。動いている馬車からの脱出だ。
止まるのを待つ?それじゃあ遅い。ベルタの街から離れてしまえば、真緒には土地勘がないのだ。どこに向かっているのか分からない以上、少しでもベルタの街から離れない方が得策である。
動く馬車の床を音を立てないように這いながら進む。
後方の幕を開けて覗けば、やはり馬車は森の中だった。見知らぬ風景だったが、真緒の決断は飛び降りる一択である。知らないところに連れていかれるより、森をさまよう方がずっといい。
どんな親切を受けた人でも、縛って箱詰めしたら誘拐犯だ。悪人確定である。そんな相手の思う通りなんて、絶対に嫌だ。
カーブでスピードが落ちるのを見計らって、幕の隙間から外へ躍り出た。覚悟は決めて決行したが、想像以上の衝撃に襲われ 悶え打つ。腕が縛られた状態では受け身は取れない。肋骨折れて肺に刺さってもおかしくないのだ。
(やってからなんだけど、これ、無謀って言うんだよね…)
草木の茂みに転がり痛みが去るのをじっと堪えて待つ。馬車の音が遠のいて行くことだけが救いだった。
さて、どうする?
とにかく来た道を帰る。ベルタの街を目指そう。
腕を縛るロープを切りたいが、ナイフなんて持ってないし、適当な岩もないか。ざらついた岩にこすれば切れることは実証済みだ。歩きながら探すことにしよう。日が落ちる前に街に戻ることが目標だ。幸い出発時間が早かったから、時間の猶予はありそうだった。
「どっこらしょ」
掛け声をかけて立ち上がると、身体が悲鳴をあげた。
それでも歩ける自分。異世界に来て、強靭な肉体を手に入れた気がする。これも異世界特典なのかな?それなら怪我しないとかすぐ治るとか、そういう特典にして欲しい。痛いし、辛い。
歩く動作は腕でバランスを取っているのが実感できる。とにかくよく転ぶ。手が出せないから顔面からダイブだ。何度目かのダイブで心が折れた。
うつ伏せの状態で、大地と融合する。
このまま夜になって、狼に食べられるのかな。誰にも見つけて貰えず、骨になるのかも。頬を伝う涙を触れる草で拭うと、地面から振動が伝わってきた。短い嘶きが聞こえる。それはこっちに向かっているのかだんだんはっきりとした揺れを感じるようになった。
(よし!一か八かだ)
真緒は近づくそれの前に飛び出した。
「うわぁっ!」
馬の嘶きと共に、男の叫び声が聞こえた。真緒が馬に蹴られる前に、馬の方が堪えてくれて難を逃れた。
飛び出したはいいが、ダイブしたのと変わらない。結局は馬の足元で転がる運命だったようだ。
「何してるんだ!このバカ娘!」
その声に勢いよく顔をあげれば、そこにはエイドルがいた。来てくれた、助けに来てくれたんだ!
「馬の前に飛び出すやつがあるか!それに、なんでこんな所に居るんだ!どれだけ心配したと思ってるんだ」
お前はバカか、本当にアホだ。
相変わらずの口の悪さだが、泣き笑いの顔には無事に会えたことの喜びが溢れていて、真緒は心の中で感謝した。
心配かけてごめん。探してくれてありがとう。
ロープを外してもらい、やっと自由を得た。
これでナキアを探せる。
「ねぇ、ナキアは見つかったの?」
真緒の手当に励むエイドルは、信じられないという顔をした。
いまそれか?まず自分のことだろ?
呆れた口調で呟いて、再び手当に専念する。
こんなに怪我してたら、ライル様や副団長に殺される。姉ちゃんに締められる…
「ちょっと、何ブツブツ言ってるのよ。ナキアがどうなったか聞いてるのに!」
エイドルのボヤきに一喝して、話を本題に戻す。
「サウザニアに関係する貴族に連れ去られたんだ。、副団長たちが追っている。どうやらこの先の王家の庭に向かっているらしい。オレも向かっていたところ」
馬に乗れるか?エイドルは話しながら真緒の身体を馬の鞍に押し上げた。
「お前がなんでこんな所にいるのか、オレが納得できるように しっかり話せよ」
真緒の後ろに支えるように跨ると、馬を歩かせる。
その動きによろめく身体を
エイドルが腰を抱える。年下でも、男らしい力強さを感じてしまい、真緒は顔を赤らめた。
「おい、そんな顔するな!ライル様に殺されるだろ」
エイドルの焦った声に、思わず笑ってしまった。
助かった実感をようやく感じられた真緒だった。




