125.ユラドラの夜
アルタスの処刑が行われた。
その処刑は、裁判を経て民に公開されてのものであり、ライルはエストニルの軍司令代理として、ライックの代わりに見届けることとなったのだった。共に見届け人となったヘルツェイと酒を酌み交わす。
これで一区切りついた。
小さな混乱はあるものの、ヨルハル王が上手く舵取りしている。ターナー公爵とマスタリング公爵が年若い王をしっかりと支え 国内をまとめつつあり、ユラドラの治安は安定してきている。治安部隊としてのエストニルの役割が必要なくなるのはそう先ではないだろう。琥珀の液体を見つめライルが呟く。
「あれも欲をかかなければ、違う未来があったのだろうか…」
ヘルツェイはグラスを揺らし、思いを巡らす
「…どうでしょうか…」
マオに手を出した時点でこの結末は決まっていた。
ひとのことは言えないか、ヘルツェイは自嘲する。
ニックヘルムの意のままに動ける手駒は少ない。宰相はその手駒を必要として取り引きを持ち出したのだ。ユラドラが予定通りの結果となった今、自身の役目も終わる。アルタスの姿は、この先の自分だ。後悔はない。テリアスの命が繋がったのならばそれでいい。覚悟はできている。グラスの酒を一気に煽った。
「ヘルツェイ、この先も私や兄上に力を貸してはくれないか?」
思ってもみない言葉に、ヘルツェイはライルをみた。
「知っての通り、我ら兄弟は父上に遠く及ばない。それでも、国を護ってきた父上の意思を継ぎたいと思うのだ。兄上は変わられた、私は兄上を信じたい」
ライルは成人の儀に神殿で起こったこと、テリアスとのことを話した。兄上こそ後継として相応しい。それを父上に認めさせるために力を貸して欲しい。
それは 青天の霹靂。
ヘルツェイは言葉を失い、ただライルを見つめた。
幼い頃からこの兄弟をみてきた。歳の差もあるが、母親の自死が2人の溝を決定づけた。宰相は愛する妻を失い、その悲しみから子供たちを退けた。テリアスは、歪んだ父の姿を宰相足るものとして倣った。ライックに託されたライルは、そんな父親から距離を置いた。歪む関係は貴族では珍しくない。ヘルツェイもそう考えていた。
まだ許されるならばテリアスを支えたい。諌めきれず道を誤らせた、そんなことはもう二度とさせない。
「━━宜しいのですか?宰相は頷かないでしょう」
ライルは目を細めた。
「だから私につけ。父上でなく私の側に、だ」
「兄上をこの国の駐留文官に推挙しようと思う」
ヴィレッツ殿下に口添えを頂けば無理なことではないし、ユラドラにとってもエストニルにとっても良い結果となる筈だ。兄上も国を建て直す過程の中で研鑽を積むことができる。ヘルツェイはこのままユラドラでの治安維持と監視の役目を担うのだろう?ヘルツェイのような手駒を父上が手放すわけはない。
ライルは口の端を上げ、不敵な笑みをもらした。
「裏切りは今更だろう?息子が相手ならば、父上も本望だろう」
親子だな、思わず笑みがこぼれる。あまりにこの親子が似ているからだ。母親譲りのまっすぐな気性をもった青年だと思っていたが、ちゃんと父親の気性も受け継いでいる。
「それならば、全てを賭けてお仕えします」
ヘルツェイの言葉に、悦びで表情を満たし ライルはグラスを掲げた。
そんな盃を交わす宵、ライルに エストニルからの早馬が到着した。二人はその報を受け、執務室へと急いだ。早馬が来るとは、何があったのか?
酒量は少なくなかったが、酔いは既に冷めていた。
執務室には使者がルーシェによって介抱されていた。走り詰めできたのだろう、上がった息は治まりかけていたが、四肢は震え自由が効かないようだった。それでも礼を取ろうとする使者を止めて、話しを急かした。
【至急、王家の庭に参ること】
詳しい情報は伝えられてないようで、幾つか質問したがその理由までは分からなかった。ただ、山神の使いの娘がサウザニアによって拉致されたこと、山神の使いを脅して傘下に納めようとする動きがあることはわかった。早馬の差し出しはライックだ。
満身創痍の使者を別室に運ばせ、ライル、ヘルツェイ、ルーシェは顔を見合わせた。
ライックが早馬を出した理由━━━━
王家の庭…、もしかして…マオか!
マオが元の世界へ消えた…?最悪のシナリオがライルの脳裏を掠め、慌てて頭を振り、自ら否定した。そんなはずは無い。マオは 一緒に生きる そう言ってくれた。
「マオには私の弟が護衛についている筈です。まだ若いが腕も機転もある子です」
ルーシェは手の色が無くなるくらい力を込めて拳を握りしめた。ライルは指環に触れる。この世界にマオの気配を感じる。その事実が落ち着きを取り戻してくれた。
「朝一番に発つ。あとを任せる」
ライルの言葉に二人は頷く。あのライックが早馬を送るということは何かがあったのだろう。
とにかく無事であって欲しい。
今は遠いユラドラの地にある我が身が恨めしい。
祈ることしかできない。
焦燥感が身を焦がす。
眠れぬ夜になりそうだった。




