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119.イヴァンナ

街に通じていると信じて山道を歩く。

通る馬車も人もなく、森をの抜ける爽やかな風が抜けるのみ。風に揺れる葉の音、遠くで囀る鳥の声。あまりにのどかで、心地よい森林浴に本来の目的を忘れそうだった。

(…勢いで飛び出して来ちゃったけど、また怒られるよねぇ)

落ち着いてみれば、考え無しだったと多少の後悔が芽生える。ベルタの街へ行けばナキアの行方が掴めるという保証はないのだ。

大きなため息をついて立ち止まる。

戻る?

チラッと頭をよぎったが、帰り道が分からない。進むしかない。それにしてもエイドルは私の護衛じゃなかったっけ?こんなに村から離れて時間が経つのに現れないってどういうこと?職務怠慢なんじゃないの?

膨らんだ不安はエイドルへの不満にすり替わった。ようは 八つ当たりである。

(イザに会ったら、エイドルのこと言いつけてやる!ちゃんと叱られればいいんだよ!そもそも年下のくせに人のことバカにして)

エイドルへの文句を並べたら元気になってきた。歩調にも勢いがついた気がする。


夕闇が迫る頃、ようやく街を見下ろす丘へとついた。この坂を下れば街だ、真緒は胸をなでおろした。狼の遠吠えが聞こえる中で野宿なんて真っ平御免である。

街の扉に近づくにつれて異変に気づいた。門の周りには検問を待つ列ができている。騎士がそれを囲み監視しているのだ。ユラドラとの戦いの後だ、不審者チェックは当たり前か。

(そういえば、街に入るのって門があったよね…)

街歩きの時はイザが一緒だったから顔パスだった。今日はひとりだ。更に目立つ黒髪では門番の目を躱して入れるか不安だ。

どうするかなぁ、街に入れないなんて考えもしなかった。イザの名前を出したら、とりあえず中には入れるかな?勝手に村を飛び出したことは怒られるだろうけど、野宿よりマシだ。叱られる覚悟を決めて、止まっていた足を踏み出したとき、突然頭から布が被されて、引き寄せられた。

「はい、ちょっと静かにしてよね。騒ぐとバレちゃうから」

女性してはやや低めの声が耳元で囁く。強い力で腕を捕まれた。両腕をがっちり掴まれて身動きが取れない。焦って足をばたつかせると、後ろから抱きしめられた。

「大人しくして。門を抜けたいんでしょう?」

締め付ける力が強い!息苦しくて 何度も頷けば、いい子ね、とようやく力を抜いてくれた。

「あなたは私の侍女よ。いいわね?」

真緒に被せたマントを目深に被せ直し、顔が見えにくいように口元を覆うとブローチで止めた。

あっという間に侍女に仕立てられ列に並ぶ。

「…あのぉ…」

あなたは誰?続く言葉を人差し指が塞いだ。覗いた切れ長の瞳があまりに綺麗で 思わず見惚れてしまった。

「それは後よ」

美人の微笑みに魅了され、真緒は思わず頷いた。悪い人じゃなさそう。野宿回避のためだ、うん。

「いい?私に任せて」

ギューっと腕を掴まれそのまま騎士の前に進み出た。

言われた通りに俯き加減で隣に並ぶ。侍女だから後ろに控えようとしたら、更に力を込められ阻止されてしまった。なんなのこの人…。とりあえず目の前の危機を回避することが大事だ。街に入ったらさっさと サヨナラしよう!真緒か思考をめぐらせている間に、騎士とのやり取りは済んでいた。

やり取りは簡単なものだった。

騎士の耳元でなにやら囁き、真緒が身につけているブローチを見ただけで、あっさり通してくれた。

もしかして、私ひとりでも通れたんじゃない?

新たな疑念が浮かび 隣をみれば、美人は微笑みを湛えたままグイグイ真緒の身体を引き摺り、抵抗すればもその力強さで抱えられ足は宙を舞った。

「なっ、な…」

言葉になる前に口を塞がれてしまえば、真緒にできる抵抗はなかった。酒場の並ぶ細い路地へと連れ込まれ、いくつかの角を曲がって木戸を潜る。薄暗い部屋でようやく真緒は自由を得た。

窓のない部屋、入口は扉のみか…。

痛む腕を擦りながら、親切な人から誘拐犯に格下げした美人を睨みつけた。

「どういうこと?説明してくれます?」

美人は慣れた手つきで灯りを灯すと、自らフードを外して素顔を晒した。

「私はイヴァンナ。あなたの護衛よ」

よろしくね、マオ。イヴァンナはブロンドの緩く束ねていた髪を解して背中に流し、襟を弛めた。女性にしては背が高い、ライルと変わらないかも。細身の身体は均整が取れていて、詰襟のゆとりのある膝丈の上着がよく似合っていた。宝塚歌劇団のトップスター並の麗人だ。灯りによって浮かぶ陰影が、その美しさを際立たせた。世の中、不公平だ…。同じ男装でも少年にしかならない自分が悔しい。思わず恨めしい視線になってしまった。白く細い指が、真緒のフードを解く。

「そんなに見つめられたら、恥ずかしいな」

くすっ、と笑う仕草も艶めいて、惚れてしまいそうだ。慌てて目を逸らした真緒だったが、肝心のことが解決していないことに気づいた。

「だ・か・ら!護衛ってなんですか?」

エイドルはどうしたの?役立たずで交代?いやいや、役に立たなかった訳では無いし、口は悪いけどそれなりに上手くやっていたと思うんだけど…

「同性の方がいろいろといいでしょ?」

そういうことよ、イヴァンナは真緒にカップを渡して飲むように促した。誤魔化された気はするが、とりあえず敵ではないようだ。誘拐犯から護衛に昇格だ。

「じゃあ、連れ戻しに来たの?」

護衛の差出人はライルかライック辺りだろう。これはイザに突き出されるパターンか?

甘みのある飲み物は少しお酒の味がした。数口飲むと、頬が熱くなってきた。あぁ、なんだか眠い…。

でも まだ返事聞いてない。

「おやすみ、マオ」

イヴァンナは答えをくれなかったが、そっと抱き上げるとベッドへ下ろした。女の人なのに力持ちだな…、力も強いし。ルーシェよりも力ありそう…

イヴァンナは真緒の短い髪を器用に指に絡めて、頬を撫でた。

意外とゴツゴツとした剣を持つ手…、護衛だもんね…明日はナキアのこと、イザに相談しよう…

無事でいて…

…ん?甘い香り…これどこかで嗅いだことがある

どこ?

眠りに持っていかれそうな思考を呼び戻す。深い闇に記憶が閉ざされる。真緒は頭を振って、記憶を探ろうと足掻いた。

一層深い香りが真緒の鼻腔をつき、真緒の意識は沈んだ。







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