117.ヨルハル
夜明け間もない街道を馬上の人となって進むヨルハルは、馬首を並べて進むヘルツェイに声をかけた。
「マージオ王はどのような方ですか?」
15歳の青年の問いに、ヘルツェイは務めて穏やかに告げた。
「理知を備えた穏やかな人柄です。エストニルも20年前、今のユラドラと同じように荒れておりました。王位争いの中、民は飢え、国は荒れ、他国からの侵略の危機にありました。それを纏め、国を立て直したのがマージオ王です。きっとヨルハル様の力となってくれるでしょう」
ヨルハルは緊張した表情を少し緩ませ 頷いた。
「力が足りないのは自分でも分かっています。それでも、父や兄たちが行った過ちを正して国を立て直すのが、私の務めなのだと思う。祖父が信頼したもの達が力を貸してくれる。マージオ王の力添えを頂ければいいのですが」
不安げに言葉が揺れる。ヘルツェイはヨルハルならやり遂げるだろうと思っている。
今日を迎えるまでに、古参貴族をまとめ 寝返り貴族との間をとりもって事態の収集を図った能力は 目を見張るものがあった。まだ歳若いが、きっとこの国を良い方向へ導いていけるだろう。ヘルツェイに若き日のマージオを思い出させた。
街道沿いには崖の上、林の中にもライックが兵を配置しており、残兵に狙われることも無く目的の場所へとたどり着いた。そこはライックがエストニル軍の本隊を置く場所だった。
一際目立つ豪奢なテントに案内され、ヨルハルと老齢の男マスタリング公爵とその息子、砦から護衛としてついているバスカが続く。ヘルツェイはその後ろに控えた。
ヨルハルは敗戦国の王ではない。同盟国同士での会談である。ヨルハルが兵を同行させても何らおかしくは無いのだが、ヨルハルがそれを良しとしなかった。エストニルの力添えで成し遂げられた結果であることを十二分に承知しており、叛意は無いことを示したかったのである。
緊張の時間は長くはなかった。
先触れがあり、ニックヘルムを伴いマージオが入室してきた。ヨルハルは貴族の礼を取り迎えた。こうべを垂れるヨルハルの足元に影がうつった。
「頭をあげられよ、新たなユラドラの王よ」
心地よいバリトンボイスが、ヨルハルを呼んだ。肩に置かれた手の温かみにつられ、ヨルハルは声の方へ顔を向けた。
線は細いが、決して華奢ではない。
しっかりと筋肉がついた身体つきに、強い意志を含んだアイスブルーの瞳、緩くたばねた金髪。厳しさと優しさを備えた雰囲気は王の風格だった。威圧的だった父とはまるで違う。
「王が容易く頭を下げるものではない。貴方はユラドラの新たな王となり、民を導く立場なのだから。国内だけだは無い。他国から侮られることがあってはならない」
マージオはヨルハルに着席を促すと、マスタリング公爵に視線を向け、同席するよう促した。二人が着席するのを待って、ニックヘルムが口を開く。
「こちらまで足を運んでいただき、感謝致します。我々はヨルハル殿下の国王即位を歓迎致します」
その言葉に続き腰を折る。ナルセル王太子と変わらない青年王のここまでの采配に賛辞を送った。
儀礼的な言葉ではあったが、ニックヘルムはヨルハルを高く評価していた。今後の復興の手腕に期待を寄せている。エストニルが支援するにあたり、今後の同盟関係に有意義にならなければ意味が無いのだ。
「ありがとうございます。エストニルからの支援をうけ、ユラドラもようやく正しい方向へ舵を切れたと思っております。私が即位するにあたり、元王太子アルタスを、お引渡し願いたい」
ヨルハルのことばに、了承の意を伝え、今後についてマスタリング公爵を混じえて実務的な話へと移る。マスタリング公爵はヨルハルの祖父にあたる王に 宰相として仕えていた。ヨルハルの父が王となったのち、度重なる諌言に官職を追われたのだった。
ユラドラの良心と呼ばれた公爵はターナー公爵と共に 荒廃するユラドラを憂い、ニックヘルムとの密約に応じた。マスタリング公爵は老齢である。その息子が彼の側近を務めており、交渉の段階からニックヘルムとのやり取りはこの男が担っていた。若き王を支えるに充分な資質を備えた人物だとニックヘルムも評価している。
「ユラドラ国内が落ち着くまで、エストニル軍を一部駐留させる。よろしいな?」
貧困著しい農村部での蜂起は、王位交代くらいでは治まらないだろう。アルタス派、第二王子派の貴族の燻りも油断がならない。ヨルハルにとっても願ってもないことだった。国内の安定を早期に図るための治安維持だけでなく、エストニルの庇護があることは他国への牽制にもなる。
エストニルの駒、手先、属国だと謗られようが構わなかった。ユラドラを立て直すこと、ヨルハルにとっての大事はそれであり、そのために利用できるものは利用する、それだけの事だった。
実務的な話し合いが終わり、ヨルハルはヘルツェイを伴い、アルタスを護送しながら王都へと出立した。
その報告をマージオはニックヘルムから受けると、ポツリと漏らした。
「ナルセルはあのような王になれるだろうか…」
ニックヘルムは思わず苦笑いした。
「親が偉大ですと、子は超えるのに苦労しますな」
ナルセル王太子には、ヴィレッツを始めとするブレーンがいる。ヨルハルはどうだろうか。
自分たちが築いてきた平和な時代を、この世代は継いでいくことができるのだろうか。
二人は並び立ち、暗黒の空の星を見上げる。
若き日もこうして見上げた星空。
二人の胸に去来するのは なんであろうか。




