表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/318

114.逆転の切り札

堪えるような唸り声に真緒は目を覚ました。

もちろん、自分の声ではない。洞窟の入り口に目をやると、背を壁に預けたエイドルが俯いているのがみえた。

この声!!

慌てて駆け寄ると、玉のような汗をかき、眉間に皺を寄せて唸り声を出すエイドルの姿があった。

「しっかりして!」

身体を揺するが、返事がない。信じられないくらい熱い身体を抱きしめて、真緒は自分が横になっていた比較的平らな場所まで引きづった。その刺激にうっすらと目を開けたが、視点が定まらず真緒の問いに応えない。全身の打ち身と体温の低下によってエイドルの身体は限界を迎えたようだった。

真緒は外へ走り出た。

水を求めて沢を目指す。なにか飲ませなければ。身体を冷やさなければ。

自分が呑気に寝ている間に、エイドルは苦しんでいたのだ。意識が朦朧とするくらいの苦痛にひとり耐えていた。元はと言えば、自分が抜け出さなければ、エイドルはこんな思いをしなくて済んだのだ。下唇を噛み締め、何度も心の中で詫びる。ごめん、絶対に助けるから。

沢はすぐに見つかった。

スプレー缶の蓋に水を汲み、タオルを濡らす。自らもひと口含むと、踵を返した。

エイドルの身体を起こすと、水を口に含ませる。

「飲んで!ほら、しっかりして」

口の端から溢れながらも、喉仏が下がるのを確認して横たえる。濡らしたタオルを額に当てて胸元を緩めた。早く助けが来て欲しい。祈る気持ちで入口を見つめた。


ガサガサ…

明らかに風ではない薮の音がきこえ、人の気配がした。助けが来た!入り口に向かって身体を向ければ、信じられない人物が視界に映った。

咄嗟にエイドルを背に庇う。彼だけは守らなければ。

緊張に身体を強ばらせ、男を睨みつけた。

「…ほぅ」

口の端を上げて目を細めたアルタスは、真緒の腕を掴むと引き倒した。

「私の運も尽きた訳では無さそうだ。こんな切り札が手に入るとは」

真緒の顎に手をかけ、ぐいっと上を向かせると、せいぜい役にたってもらおう、と唇を塞いだ。不快感に全身に鳥肌がたつ。身を捩り腕を振り上げ全身で抵抗するが、その腕から抜け出すのは不可能だった。

「…その手を離せ…!」

荒い息遣いと共に苦しげな声が発せられると同時に、エイドルの身体が木の葉のように壁に叩きつけられた。

「やめて!」

アルタスによって蹴りあげられたエイドルは声もなくうずくまっている。必死でアルタスにしがみついて止めた。

「お願い、何でもするから。彼だけは助けて!」

真緒の必死の懇願に目を細めて残忍な表情を浮かべたが、新たな人物が来たことでアルタスの関心は逸れたようだった。

「アルタス様、沢の奥から山越えで砦に向かいましょう」

やり取りをしながら真緒の両腕を縛りあげると、担ぎ上げた。猿轡を嵌められ声が出せない。

エイドル、あなただけでも助かって。本当にごめんなさい

真緒はうずくまる背に向かい心の中で詫びた。


アルタスは残兵を集めながら、山岳地帯を進む。

薄暗くなりかけた深い林の中に 松明の灯りをやり過ごしていくが、さすがに山を知り尽くした山神の男たちを相手に移動が難しくなり、新たな洞窟に身を隠していた。

目的はこの男(アルタス)だろう。

どうにかして、ここに自分がいることを知らせたい。

洞窟の岩肌に拘束する縄を擦り付けていく。腕も擦れて痛みが走るが構わない。

アルタスたちが話に集中している間に結果を出したい。まるでゲームで ミッションクリアを目指すプレイヤーのようだ。こんな状況なのに、ふっ、と思いついて笑みがこぼれた。

そう これでこそ、私。

何とかしようともがき、前向きに全力で取り組むのが長所な筈だ。楽しんだ者勝ち!

そう自分を鼓舞しないと、不安と恐怖に押し潰されそうだった。

所謂、人質の状態。

私を見殺しにしてこの国のために突き進んでくれたらどんなにいいか。きっと、父親である国王は躊躇う。ここは冷徹な宰相に活躍してもらいたいところだ。

大切な人たちが苦しむ。悲しむ。

だから今、自分にできることを精一杯やって足掻きたいのだ。

指に生ぬるいなにかが伝う。

血が出ているのだろう。でも、見える傷より、心に負う傷の方がずっと辛い。ずっと消えることのない重い枷となるのだ。それを大切な人たちに背負わせたくはなかった。


ぐっ、と力を入れて岩に当てたとき、手首に開放感が生まれた。

外れた!

喜びに諸手をげたいところだが バレたら意味が無いので、後ろ手に組んだまま頑張った自分を褒めた。ニヤけた顔が分からないように俯き寝たフリをする。後はどのタイミングで、ここから脱出するかだ。

「…マオ?」

肩を揺すられたが寝たフリを貫いた。アルタスは真緒を横たえると額に唇を落として、外へと出ていった。よし!チャンス到来!

残ったのは怪我を負ったユラドラ兵と腹心と思われる男が一人。その男が呼ばれて奥に移動するのに合わせて、壁伝いに入口へ移動した。幸い男は気づかないで、何やら話し込み始めた。

ポケットに入れたライターをそっと取り出して、後ろの岩に押し当ててケースにひび割れを造る。

中央にある焚き火に向かい投げ入れると、入口に向かって飛び込み前転をした。

なぜ飛び込み前転かは聞かないで欲しい…。これが一番効率的に遠くに行けそうだったから、うん。石の上でする飛び込み前転…めちゃくちゃ痛い。二度とやらない、絶対にやらない。

兎に角、全力の飛び込み前転で外に躍り出た途端に、洞窟内から爆発音が響き、入口の岩が崩れてきた。それを背中に受けて悶える。なんとか ほふく前進で薮に移動すると、全身の力が抜けた。

お願い、気付いて!

強く、強く願う。どうか気付いて…!

仰向けになって見上げれば一番星が輝き始めていた。願い事を願うにはもってこいだよね。

真緒は痛む身体を誤魔化しながら、洞窟から離れるため薮を這っていく。

その努力も、すぐに終わりを告げた。

背中に強い圧迫を感じると、短刀が頬を掠めて地面に吸い込まれた。

「━━何をした?」

冷ややかな声に真緒の身体は金縛りにあったように動かなくなった。背中を踏む足に力が込められると、その苦しさに真緒の口から声が漏れた。短刀の冷たさが死への恐怖を誘う。アルタスは真緒の髪を鷲掴みして顔を上げさせると、そのまま真緒の上体を引きあげた。その痛みに真緒は言葉にならない声を上げた。

鋭い痛みがお腹に走り、その場に崩れる。アルタスの拳が真緒の腹部に入ったのだ。遠のく意識を必死で手繰り寄せ、真緒はカバンの中でスプレー缶を握りしめ、取り出すと同時にアルタスの顔面めがけて噴射した。

「うぐっ!!!」

くぐもった声をあげながら目を押えてのたうち回るアルタスの腕をぬけて、走り出した。方向なんてわからない。

逃げなくちゃ。

遠くに、とにかく遠くに。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ