110.囚われの姫
なぜこんなことになっているのだろうか…?
真緒は自問自答を繰り返す。
それは 担がれている簀巻きのナキアをみたから。
思わずそのままつけてきてしまいました、はい。
みつかったら私までピンチだよね…
でも簀巻きって、フツーじゃないよね?
冷静になれば、誰かに知らせることが最善だったと判る。私には助ける術はない。見失わないように追い掛けていくだけだ。
でもでも!
反省はするけど後悔はない。見失ったらナキアと永遠に会えなくなるかもしれない。うん、私は正しい。
このまま追い掛けるべし!
真緒は拳を握りしめて気合いを入れ直した。
馬車を使うこともできない勾配のある山道を、男たちは黙々と降りてゆく。真緒も距離をとりながら何とかついてゆく。松明もなく、月明かりだけが頼りだが、男たちは夜闇に慣れているのか迷うことなく進んでいった。
怪しい男たちは耳慣れないアクセントでやり取りを始めた。エストニルでは聞かない言語だ。それは他所の国から攫いに来たということか。真緒が集中して聴いていると、やり取りの内容がわかった。
これってさ、異世界補正じゃない?
残念だが 久々に感じる有り難さに浸っている訳にはいかない。
その内容が えげつなかかった。要約すると、サウザニアに利益をもたらすように、ナキアを人質に山神の使いを脅す算段のようだ。
サウザニアは王家の森を抜け、大きな街を越えた先にある国だ。
18年前、国王マージオが他国の侵攻を牽制すべく婚姻による同盟を結んだ国。お母さんいうところの本当のお姫様の国だ。その国がなぜこんな卑劣なことをするのだろう。
勾配が緩やかになってきたところで、男たちは足を止めた。真緒は乱れた息を整えながら 少しずつ距離を縮めていく。せめてナキアが無事なのか確認したかった。音を立てないように慎重に進む足が止まった。
正面にあたる位置で何かが光ったのである。
月光に光ったのは剣…?
もしかして 山神の使いの男たちが助けに来たのかもしれない。それ以外思い当たらない。邪魔をしないように 近くの茂みに身を隠し、この後の展開を覗き見ることにした。
場の緊張感が高まっていく。男たちも何かの気配を感じ取ったようだった。味方が助けに来たと信じて疑わない真緒は、リングサイドで試合開始を待つ観客の気分だ。
さぁ、カッコよく決めてくれ!
戦いのプロたちがやり合うのであれば、自分の出番はないのだ。
静かに始まった戦いは、あっという間に勝敗が決した。ひとりの男が舞うように五人を伏せた。ナキアは無事に救出され、簀巻きから解放されていた。良かった~!
ナキアに駆け寄ろうと立ち上がったところで、肩をがっちり掴まれた。地味に痛い。
「…マオ様はなぜ こんなところにいるのでしょうか?」
ん?このブリザード的な感じはなんでしょう?
恐る恐る振り返ると、仁王立ちするひとりの青年の姿。
…初めまして…ですよね?
そんな思いを込めて上目遣いの視線を送ったが、あっさり無視された。
「何かやるとは思っていましたが、こんな大胆なことをするとは。呆れて物が言えない」
ため息混じりに冷ややかに言われ、さすがの真緒も返す言葉が浮かばなかった。
「ライル様の命を受け、護衛のために来たのですが、まさか出会い頭にこの状況とは」
護衛?それ、見張りって言うんじゃない?
そんなに信用が無いのか、と怒りが湧いてきたが この場面では説得力がなかった。なんとなく見覚えのある雰囲気と馴染みのある口調に首をひねっていると、その青年は答えを口にした。
「私はエイドル。ルーシェの弟です」
エイドルは目を三角にして顔を向けてきた。
うわぁ…、お姉ちゃんそっくり。
「…よろしくお願いします」
こちらは護ってもらう身。丁寧に頭を下げた。それにしてもエイドルは肩を掴んだままだ。
私 逃げないよ…、とことん信用がないらしい。
そんなやり取りをしていると、ナキアを抱えた男がやってきた。
「!!イザ!!」
イザも苦虫を噛み潰したような顔だ。なぜここに居る?垂れ目で優しい印象の目が、鋭い光を放ち睨んでいた。
「久しぶりの対面がこれか、マオ」
どれだけ心配したと思っているんだ、それなのにチョロチョロしやがって!続く小言もイザらしい。
王都へ向かって三月も経っていないのに、懐かしさが溢れてきた。自然と涙ぐむ真緒をみて、お前も可愛いところあるな、ちょっとは反省したか。なんて会話もイザらしい。反省と勘違いしてくれたならラッキーだ。
「反省なんて言葉を知ってると思いませんよ」
エイドルは相変わらず冷たい視線で睨んでいた。初対面でこれって、ルーシェやライルからどんな話を聞いているのだろう。是非聞いてみたい。
「話は後だ。村へ向かうぞ」
イザはナキアを抱え直すと歩き出した。エイドルに背中を押され、真緒もその後に続いた。
なんだか捕獲された気分…
村に着いたら説教が待っていると思うと、足取りも気分も重かった。




