11.再会
渡りの樹までは森の中を通るが、はっきりとした道がある訳では無い。下草の生えた けもの道を進んでいく。大小様々な木が立ち並ぶだけで 目標物がある訳ではない。こんな状況で迷わない訳がないのだが、真緒の歩みに迷いはなかった。確信めいたものが真緒を支配し、まるで渡りの樹に導かれているようだった。
この感じ、前にもあったな…
鼓動の高まりに息苦しくなる。そう、初めて渡りの樹を目指したときと同じ。
渡りの樹は真緒を【待っていた】。
その意志を感じ、全身が幸福感に包まれる。その心地良さに真緒は瞳を閉じて酔いしれた。
湖から吹く風が真緒の髪をさらう。
ゆっくりと息を吸い込み、目を開ける。
幾重もの光が湖面に反射し、水面は輝いていた。
月明かりの湖しか知らない筈なのに、なぜだろう、この既視感…。
そう、この絵だ…
キャンパスを見つめ視線を湖へ戻す。この風景を描いたものだったのか。母は確かにここに存在した。
これを描いた人と。多分、それは私の父…。
父親の名前から取って名付けた、と母は言っていた。
黒髪、黒目、黄褐色の肌、顔つき。どれをとっても典型的な日本人の特徴を備えていたから、父親は日本人だと思っていた。公にできない関係だから明かせないんだと。
そこまで考えて頭を振る。
これを描いた人物が父親とは限らない。考えすぎだ。
きっと母はこの場所に思いを馳せ、渡りの樹にこの絵とペンダントを埋めることを望んだんだ。この絵を見つめていた母。きっとここは幸せな場所だったのだろう。心だけでもこの地へ還りたかったのだろう。
土の柔らかい処を探り、素手で掘っていく。母の想いが叶いますように。安らかにいられますように。
願いを込めて、祈りを込めて。
夢中になっていて気づかなかった。
真緒が気付いたときには、その人物はすぐ後ろまできていた。
白銀の髪の男が真緒を見下ろしていた。
「……」
男が何も言わないから真緒も無言で見つめ返す。プチパニックに陥っていたが、この沈黙が真緒に落ち着く時間をくれた。
うわぁ~ イケメンだわ。芸能人って直に見たらこんな感じなのかな…
どうでもいいことを考えて現実逃避をする。
今日は頼りのイザがいない。自分でなんとかしなくちゃいけない。
「…黒髪…」
唐突に髪をひと房取られた。驚きすぎて声も出ない。
街でも宿屋でも黒髪は見かけなかった。だからといってそんなに珍しいのか?イケメンと見つめ合う非常事態が気にならないほど動揺していた。
「名は?」
イケメンが更に距離を詰めてくる。腰に履いた剣が音を立て真緒はハッとした。これって不味くない?
私、今とってもピンチじゃない?
ドラマや物語ならここで颯爽とヒーロー登場!だけど現実は甘くない。それに私はヒロインじゃないし。
「名は?…言葉がわからないのか?」
顎に指がかかり真緒は身を固くした。払いたいのに、身体が動かない。
「私は ライル。騎士団の者だ」
「…マオ…」
ようやく絞り出し名を告げた。
「マオ…そうか、マオというのか」
ライルは真緒の髪を撫で膝をついた。正面から見つめ合う形になり、恐怖も危機感も吹き飛んだ。青紫の瞳に囚われた。
「…また会えるか?」
ライルの言葉に無意識に肯いていた。また会いたい、
真緒も願った。ライルから目が離せない。
なんだろう この気持ち。




