106.蜂起
(…活気がない、というか辛気臭い街だな)
行き交う人々の顔には生気がなく、路地には昼間から酒を煽る男たちの姿があった。商店も閉めているところが多く、重いカーテンが街の印象を更に暗くしていた。
ユラドラは現国王が完全な独裁君主の軍国主義国家である。厳しく王家に徴収される税で、人々は疲弊していた。王都でこれである。王都を離れた地方での悲惨な様子が容易に想像できる。だからこそ、付け入る隙があるのだ。
ユラドラの王都を商人の装いで歩くヘルツェイとその娘役ルーシェは、指定され店を目指していた。最終段階に入った作戦は、王都での民衆の蜂起が合図だ。民衆の蜂起を抑え込むために王城から兵を分散させて、その間に協力者が制圧する。それはもちろん、王太子アルタスの手の者である。
アルタスがエストニルに来る前から、計画されていたものであり ユラドラ国内での作戦に問題は無い。
(…しかし穴が多すぎるな)
その作戦自体が大雑把なのである。よく言えば、現場判断で状況に応じて臨機応変に対応するといった感じだろうか。作戦行動を得意とするヘルツェイはそう感じていた。だからこそ、裏工作がしやすくて助かったんだがな…、自然と苦笑いになる。
本来ならもっと時間を要するのだが、アルタスの謀略には向かない思考に助けられ、ヘルツェイとルーシェの仕事は思いのほか捗ったのである。
「かの方を頼んだぞ」
ルーシェは無言で頷き、細い路地でヘルツェイと別れた。その姿を視界の端で見送ると、薄暗い酒屋へと足を踏み入れた。
夜半、ヘルツェイの手の者が民衆に紛れ煽動し、同時に数カ所で蜂起する。軍施設ではなく、有力貴族の屋敷、食料庫などを狙い、街道を王城へと目指す。複数箇所で起きた暴動に、予想通り留守を守る第二王子は兵を分散して鎮圧に乗り出した。ヘルツェイは街道を封鎖して、王都から兵を引き離すと、合図の狼煙を揚げた。
これで いい。あとはアルタスの手の者に任せよう。
玉座はしばらく くれてやる。お前がその玉座に座ることはないがな、ヘルツェイは片側の口の端を引き上げた。
夜半に起こった複数箇所同時蜂起の炎が、王城の執務室からみえる。第二王子は制圧のための兵を出し、執務室で報告を受けていた。優位である、という報告はあるが、制圧したという報告はまだない。まあ、所詮相手は民衆だ。明け方までにはケリがつくだろう。楽観して自室に戻ろうとしたとき、軍靴の乱れた足音が、執務室の扉を荒く開け放ちなだれ込んできた。
「殿下、お覚悟願います」
一歩進み出て 剣を突きつけた男の顔に見覚えがあった。王太子アルタスの周りで見覚えがあった。
「…革命の力を利用した クーデターか」
吐き捨てるような言葉に、その男は冷たい笑顔を貼り付けて答えた。
「違いますよ。正しいものの手に王位が戻るだけのことです」
言葉の終わりには その剣は第二王子の胸を貫いていた。声もなくその場に崩れた骸を一瞥しただけで、次の行動に移る。
「第三王子と王女はどうしますか?」
部下の問いに言い捨てた。
「捨ておけ。なんの害もない」
ルーシェはまだ幼い王女シスタニアを抱き、第三王子ヨルハルを連れて地下通路を抜け城外に出た。同行するのは第三王子の護衛三人とヘルツェイの意を酌む男女二人。普段なら深い闇に包まれている時間だが、民衆の蜂起によって王城は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。その喧騒が収まらないうちに、アルタスの手の者が第二王子を殺害して、王城を制圧したのだ。
その混乱を利用して、ルーシェたちは城外から城下へと移動し、郊外に隠していた荷馬車へと急いだ。
ヨルハルとシスタニアは同腹の兄妹である。
王太子の椅子も埋まっている。王太子派と第二王子派の権力争いはあるが、第三王子であるヨルハルは権力から遠い存在であった。それぞれに力を持つ兄たちはヨルハルを陣営に引き込むこともせずその存在は無いものと同じだった。
ニックヘルムはそこに目をつけた。
はユラドラの古参貴族は、現王族に対して不満が燻っていた。己の私腹を肥やし、一部貴族を優遇する。重い税に民が疲弊しても省みることをせず、ユラドラはかつてのエストニルのように荒れていた。そしてヨルハルは古参貴族の中から嫁いだ側妃の産んだ王子である。今後のユラドラの旗印にするには充分であった。
ヨルハルとシスタニアを乗せた荷馬車は夜闇に静かに消えていった。




