104.渡りの樹の意思
しばらく後、ライルと真緒はチキの村へと戻された。真緒のためにリュードが用意したあの邸宅である。
そこでヤシアの診察を受けた真緒は、療養を言い渡されてベッドの上。絶賛お怒り中である。
この世界の人は過保護すぎる!そしてお節介で世話好き!自由にさせてよっ!
それでも 心の中で悪態を付くくらいで留める。流石に心配をかけたことの罪悪感は持ち合わせている。
でもね、すこぶる元気なんです。
精霊の癒し?精霊の加護?
兎に角、精霊の力で癒された身体は絶好調!
心が決まって 晴れ晴れとして、じっとしていられそうにない。今なら歌って踊れそう。ダンス?やったことないけど。
このままでは 確実に叫んでしまいそう。だって、ライルを抱き締めてあんなこと言っちゃった訳で…。うわっ、今 ボッって着火した、全身が熱い。
脱走の前科を重ねる私に、信用という代物はゼロ。むしろマイナスな訳で。
まだ身体が熱いじゃないか!ライルが目を釣りあげて睨むので、仕方なくベッドに入ったのだ。
界を渡るというのは、身体への負担が大きいものらしく、短期間で往復した私の身体には相当な負担がかかっているのだと、ヤシアが宥めるように教えてくれた。それって、ライルもじゃない?
疑問を口にすれば、俺は鍛え方が違うからなんの問題もない、と膠も無い。
「瞬間的なものならさほど影響が少ないのかも」
タクラとライルが出ていくと、ヤシアがそっと教えてくれた。
室内にヤシア、扉の外には見張り。
自宅軟禁された状態では、大人しく従うしかなさそうだった。
タクラに連れられてやってきた先にはリュードとライックが待っていた。真緒の経緯は大筋で知っているようで、聞かれたことに答えながら話をまとめた。
ライルもなぜこうなったのか知りたい。リュードに訊ねてみた。
「マオが襲れたのは、元の世界での出来事なのか」
「マオが元の世界へ戻される可能性があるのか」
「なぜ、マオは元の世界へ帰ったのか」
ずっとそばに居ると言ってくれたが、また消えてしまう恐怖が拭いきれない。離れている間に何かあったらと思うと不安で仕方なかった。
襲ってくる敵には、幾らでも剣を振るい立ち向かえる。しかし、みえない力には、抗う術はなかった。
リュードは話の間 瞑していたが、ライルに訊ねられその目を開いた。
「我もはっきりとわかる訳では無いが、マオが帰ったのは本人の意思だろう。彼女の真の心が元の世界を求めた。それを渡りの樹は叶えたということ。
襲われたのは恐らくマオの世界。生命の危機に瀕したとき、彼女は貴方を求めた。界が繋がったのはその指環に宿る渡りの樹の力だ。互いの惹かれ合う心が鍵となってその力を解放したのだろう。同じことが再び起こるかは、我にもわからない」
リュードが話し終えると、ずっと聞き役だったライックが口を開いた。
「今回、マオの意思で帰ったのなら、渡りの樹の意思とは渡り人の意思、ということなのか?」
「…それも解らない。人智を超えた力が働いているのは事実だが、渡りの樹の意思がどこまで渡り人の意思とリンクしているのかは我も疑問に思うところだ」
そうでなければマオは自分の意思でこの世界に来たことになる、リュードの言葉に皆一様に黙った。
「では、ミクのときは?少なくともミクが帰ったとき は、山神の使いが関係していたのではないか?」
ライックの言葉にリュードはゆっくりと口元にてをやり、少し考える仕草をした。
「…ミクが渡りの樹に溶け込むとき、ナルテシア様をみた。あの方が導いておられるように見えた」
続くライックの言葉を手で制し、意を決したようにリュードは話し始めた。
「…確かに ミクが帰ったのはミクの意思だけでなく、我々山神の使いの意思でもある」
ミクを召喚したのはナルテシアの思惑だ。
渡りの樹の力の弱まりを危惧したナルテシアは、エストニルの救国の王となる使命をを持つ孫のマージオをつれて王家の森に移り住んだ。
ナルテシアは山神の使いの一族で先祖返りといわれた力があったが、精霊の力やどる土地を離れわたこと、年齢を重ねたことでその力は弱まり、マージオの助けとはなれないだろうと自覚していた。そのため、マージオの助けとなる者を王宮につくろうと、山神の使いから側妃を迎え、ビィレッツが生まれた。
心優しいマージオは、争いを好まず、自身の殻に籠りがちだった。渡りの樹のもとで、精霊に見守られながら絵を描くのが好きだった。
母親を亡くし、父王からの庇護も得られないままでは、救国の使命を果たすことはできない。
己の死期を悟ったナルテシアは渡りの樹に願う。
どうか マージオを支える者との出逢いを与えてください。困難の中、国を護る使命を果たせるよう精霊の加護をお与えください
代わりに、この身が朽ちたらこの大地を護る糧となりましょう。魂となっても渡りの樹と精霊たちを護ることをお約束します
ナルテシアの死後、マージオは王都へ戻りニックヘルムという無二の親友であり、最大の支援者を得る。
そして、義兄たち亡き後、王となった。
心が悲鳴をあげたとき、渡りの樹でミクと出会った。
「私を必要としてくれる人に会いたい」
渡りの樹にそう願った娘を、渡りの樹はマージオの唯一に選んだ。二人は心を交わし合い、マージオは王としての自信と才覚を顕し、荒れた国を建て直すことに力を入れた。民を想い、平和を願う。
豊かになれば他国から狙われる。
回復の途中、まだ国の体力もないエストニルに、他国からの侵攻という脅威が立ちはだかった。
マージオはミクが居れば良かった。
この国より、民より、ミクを護りたかった。その想いがミクを悲しませ、決意させた。
マージオに別れを告げ、ミクは元の世界へ帰ることを望んだ。
別れを告げたミクにナルテシアは問う、これでいいのか、と。
「戦争になれば、私は祈ることしかできない。でもマージオはこの国の王様。戦争を避けることができるはず。子どもたちが人を殺しにいかなくて済むように、飢える人々がでないように。平和で豊かな国になるように、私はずっと祈ってる」
「その名を呼べば、お互いを求める想いが界を乱す。再びエストニルに争いを起こすことになろう。もう二度と逢えない、それでも良いのか?」
ミクは凪いだ表情でナルテシアをみつめ、頷いた。
それでいい、豊かで争いのない国を作って欲しい。そして、この子が父親を求めたら、そのときは叶えてやって欲しい。私が死んだら、魂となってマージオのそばにかえってくる。そのときまで彼を頼みます。そう言ってお腹に手を当てた。
ナルテシアはミクを渡りの樹へと導いた。
国を作ったシャーマンの思いに、自身とミクの想いを重ねて渡りの樹に願う。
やがて輝きを増した光がミクを包み、ミクは消えた。
ミクが傍にいれば何も要らない。
そんなマージオを危惧したリュードは、ミクが還ることを黙認した。そして、ミクの代わりに国を護る後ろ盾となるべくマージオ、ニックヘルムと密約を結んだ。この国の人間で、自分たちの力で この危機を乗り越えて、本当の意味での国づくりを目指す。ミクはマージオが王として自律するきっかけだったのだと。
マージオは苦しみながらも、侵略の脅威を跳ね除け、ミクが願った豊かで争いのない国を作り上げた。
国づくりの理念を次世代に継ぐこの時期に現れたマオ
渡りの樹の意思が働いたと 思わざる得ない。
リュードは、抑揚なく静かに終えた。
ライックは一点をみつめ 押し黙り、ライルは自身の役割を考えていた。
ライックにいわれた マオをこの世界に繋ぎ止める役目。綺麗事ではマオを護れない。
覚悟はある。
誰の意思でもない。たとえ渡りの樹の意思に背くことになっても、マオを手放すつもりは無い。
この世界で共に生きることを選んでくれたマオのために。
ライルは決意を新たに、これから起こるユラドラとの攻防に望むのであった。




