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101.界渡り

朝がきた。

家までどうやって帰ったのか、うろ覚えだ。

靄のかかった思考が、記憶にたどり着くことを拒む。

結局、深い眠りに落ちることはできなかった。

(渡りの樹へ行こう…。行けばきっとハッキリする)

寝不足の重い頭を抱えて シャワーを浴び、身支度を整える。母の遺影に手を合わせ、朝食も摂らずに家を出た。


渡りの樹までは、電車とバスを乗り継いで数時間かかる。全てを乗り継いでその山の入口になる里山に着いた時には昼過ぎだった。

昨日と同じ景色のはずなのに、何かが違う。

随分と時間が経っている、そんな感覚を抱かせる。

それは、懐かしさを感じるからだろうか。昨日来たばかりの道に懐かしさを感じるなんておかしい。

昨日と今日との間に、もっと長い時間が経っているんじゃない…?

…いやいや、いくらなんでも 有り得ない。

それって タイムスリップじゃん。

どこに飛んでたのさ、

私、そんなに夢見る少女だった?

お父さんは王子様、乙女なお母さんの娘だもんねー。乾いた笑いが漏れる。血は争えないのかな。

…歩くことに集中しよう。

枝を拾い、草をはらいながら歩く。汗ばむ日差しにフードを被ると、既視感に襲われる。

前にも誰かとこうやって やり取りをして歩いた記憶が朧気に蘇ってきた。


渡りの樹に近づくにつれて、自然と歩みが早くなる。

まるで引き寄せられているようだった。

いつの間にか小走りになっていた真緒の視界が突然開けた。


目の前に現れた大樹に向かう足を、突然の声が止めた。

「へぇ…、キミもきたの?」

背後から突然声をかけられた。

誰?

ゆっくり振り返り、その姿を確認する。

うーん、見覚えない人。

こんなところで誰かに会うなんて…びっくり。

昨日の夜のこともあり、若い男性というだけで 訝ってしまう。身構える真緒にその男は親しげに距離をつめてきた。

「ここ、隠れスポットなんだよね。

死んだ人に会えるんだろ?キミは誰に会いに来たの?」

真緒が一歩下がると二歩詰めてくる。

「ねぇ 僕が死んだら会いに来てくれるかなぁ、離婚した奥さん。キミみたいな可愛い子と一緒だったら、妬いてくれるかな?」

笑顔なのに目が笑っていない。ねっとりとした絡みつくような視線で真緒を見つめながら距離を詰めてくる。

なに この人 …怖い! 足がすくんで動かない。

どうしよう、誰か…助けて!

心の中で助けを呼ぶが、ここは山奥。人気はない。

━━━自分で何とかするしかない。

グッと拳を握り、重い足を引きずりながらも渡りの樹へと退いてゆく。間合いを図りながらさがり続けたが、とうとう踵が固いものに当たった。

「…ねぇ、一緒に死んでくれる?」

イヤです!

「こんな可愛い子と出会えるなんて、ラッキーだよ。 独りは寂しいからね」

私はアンラッキーだよっ!

背中が幹に触れ、これ以上さがれない。一歩、また一歩と近ずいてくる男から目をそらさないように睨みつけながら、カバンを探った。

あった!

その缶を握り締めて、距離が詰まるのを息を殺して待った。缶を握る手が震える。お願い、気づかないで!

男は手にロープを握り、強度を確かめるように左右に何度も引く。周囲にロープを張る音がこだました。

「知ってる?首を絞めるとね、息の止まる一瞬前、トランス状態になるんだ。脳内麻薬が出るんだよ」

だから苦しまないよ…。

そんなトリビア要りません!

男の手が真緒に伸ばされたそのとき、カバンから取り出し思いっきり男の顔に吹き付けた。

声にならない雄叫びを上げて、男がのたうち回る。

Good job!制汗スプレー!

真緒は男の脇をすり抜けて、逃げ出した。とにかく離れよう、震える足を叱咤して里を目指して走り出した。



山岳地帯特有の起伏の激しい地帯が続くこの地は ユラドラの領土である。

ユラドラの王都で成果を取り付けたライルは、引き続き作戦遂行のための活動を行う二人を残し、この地を抜けようとしていた。

(…あれを越えれば、エストニルだ)

もう少し、あともう少しでマオに会える

国境線に沿うように 岩場を流れる川があり、それは平野に向かって大河となる。その河は樹海を巡り、ミネラルを蓄えエストニヤの大地を潤し、豊かな恵みをもたらしていた。

この場所は源流に近いため、川幅はさほどでは無いが滝の様相を呈しており、雪解けの水を湛え水量を増していた。

かさの増えた川渡りを避けて、岩場を選択する。

より源流に近いところで川を越えるつもりだ。そこはタクラが示した道のひとつだ。

道、といっても明確なものがある訳では無い。けもの道ともいえない 道無き道を目標物もないまま進む。

足場の悪い岩場を登っていたが、そろそろ日が沈む。身を隠す場所を探さなければならなかった。

耳を澄ませば 瀑声(ばくせい)が聞こえる。

滝の裏には昔の山神の使いたちが、鍛錬や狩猟のために利用した洞窟が存在する。タクラの言葉を思い出し、瀑声に向かい足を進めた。

瀑声が大きくなり、空気に潤いを感じられる距離まで近ずいたとき、突然、左手小指の指環が強い輝きを放った。その眩しさに思わず左手を伸ばして、反対の手で目を覆った。この指環が示すの…

マオに何かあったのか!?

鼓動が早まる。ライルは一心にその光が示す先へと向かった。

光に呼応するような強烈な輝きを放ち、光の柱が天高く突き上がった。目を細め、光の柱を凝視する。

光の中、信じられない光景がライルの視界に映った。

「マオ!?」

叫ぶと同時に身体が動いた。光の柱に飛び込み、その男の背を蹴り飛ばす。うつ伏すマオに馬乗りになり、首を締め上げる光景にライルの理性は失せた。

「マオ、大丈夫かっ!」

慌てて真緒を抱き起こす。真緒の手にはネックレスが握られ その手から強い光が漏れて、ライルの指環の光と重なり二人を包み込んだ。

「おいっ!おいっ!起きろ!」

真緒の身体は力なく垂れて、ライルの揺さぶりに木の葉のように揺れた。土気色の顔は生気を感じない。マオの息遣いも動揺の中でわからない。ライルの哮りが空気を裂いた。

「渡りの樹よ、マオを導いた精霊よ!力を貸してくれ!」

ライルが叫ぶと、辺りの空気が震るえ 二人を包む光が一層強い光を放った。


眩い光に溶け込むように、二人の姿は消えていた。




















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