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第7話 追跡

 異世界からの訪問者――。

 今、あり得ない現象が起きている。

 

 爆発の後、《《あれ》》が這い出てきた時、多くの人が食い入るように見入っていた。呆気にとられている感じだ。圭一たちも同様。いつも天真爛漫な灰原でさえ言葉が出ない感じだ。

 しかし、あれが動き出すと同時にグランフロント大阪の周辺は悲鳴や逃げ惑う人でごった返した。

 逃げながらスマホで写真や動画を撮っている人もいる。記録用に撮っておくのか、それともただSNS投稿の承認欲求のためか……。

 あれは静かに歩いている。ゴジラみたいに吠えることなく。動線上にある建物などを破壊しながらゆったりと歩いている。


 強烈な閃光と共に再び爆発――。

 今度はJR大阪駅。

 圭一たちもそこを目指していた。松田の事務所は駅を抜けた反対側にあるらしい。危なかった。もう少し早く着いていれば爆発の被害に遭っていた。駅は壊滅的だ。

 最初の爆発と同様に空間が歪んでいる。そしてその中に動く物体がいる。今度は見入る人はほとんどいない。

 這い出てきた。ゆっくりと……。

 最初のあれの三倍以上の大きさ。奇怪な形。こいつはまるで巨大なドーナツに四本足が生えたような姿をしている。


 二体とも目とか口とか我々の知る部位が見当たらない。それに全身金属調の光沢感。金属生命体なのか? いや、そもそも本当に生命体なのだろうか? 何処かに視覚器官などがあるのだろうか? 何をエネルギーとして動いているのだろうか? 

 ただ静かに前進している。二体とも同じ方向に。一体、どこに行くつもりなのだろうか?

 圭一は逃げながらも客観的に今起きている現象を分析している自分に気づいた。人前での発表をあれだけ緊張していたのに、こういう時は意外に冷静でいる自分に驚いた。


「後を追いましょう」圭一が発した言葉だ。

 なぜそう言ったか圭一自身も分からない。好奇心か、それとも自分の開発したシステムが招いた自責の念から来たものなのか。

「あそこに止まっているタクシーを使いましょう」

 圭一は前方に止まっているタクシーを指差した。ドアは開いたまま。運転手の姿は見えない。おそらく慌てて逃げたのだろう。

「……運転なら私が。この辺の道なら任してください」

 松田だった。少し緊張しているようだ。

 不思議なことに「逃げよう」と言う選択肢は誰も言わなかった。


 皆、タクシーに乗り込んだ。

 助手席に圭一、後部座席に灰原と鳥羽。自分の席を分かっているかのように自然とこうなった。


 サイドガラスから崩壊したグランフロント大阪を圭一は見つめた。

 外はサイレンや悲鳴が飛び交っている。しかし車内は静かだ。皆それぞれ何か思っているのだろう。


 爆発が起き、空間が歪み、《《彼ら》》がそこから出てきた。異世界から……。

 膨大に蓄積されたデータがエネルギーを持ち、これを招いた。

 世界の終焉――。

 それが脳裏によぎる。

 いや、それだけは避けなければ。


 圭一は独り静かに決意した。



※ ※ ※



 圭一はスマホを取り出し地図アプリを開いた。

「このまま行けば淀川を抜けて兵庫県に行きそうですね」

「そうですね。幸い彼らの速度は遅い。少し先回りしましょう」

 松田はさらに続けた。

「ところで菅原さん、追跡してその後どうするんですか?」

 痛いところを突かれた。思いつきで言ったのでその後のことを全く考えてなかったのだ。

「……えっ、まー取り敢えずどこに向かっているかだけでも把握したいと思って。何か目的があるのかもしれませんし……」

「そうですね。分かりました」

「それにしても馬鹿でかい。彼らの世界は一体どうなってるんでしょう」

「いや、大きくないかもしれませんよ、彼らの世界では」

「えっどういうことですか、松田さん?」

「我々が小さすぎるんですよ。彼らからしたらあのサイズが標準サイズのはずですからね。あっ、いや、彼らの世界では小さい方かもしれません。もしかしたら虫かもですね」

「虫?」

「我々の世界の蟻とか同様昆虫みたいな存在ですよ。そうなると今歩いている目的はないかもしれないですね」

「なるほど……」

「もちろん根拠はないですけどね」

 さすが超常現象の研究者だ。根拠はないにしろ面白い発想だ。圭一は感心した。


 久しぶりに灰原が声を発した。

「ここだけではないみたいですよ! 世界の数カ所でも現れているみたいです。もうすでにYouTubeにアップされています」

 圭一もスマホで調べた。確かにここだけではないようだ。それに形も大きさもバラバラだ。

 鳥羽もスマホを取り出した。彼らや街の様子を撮影しているようだ。記事を書くための記録用だろう。もちろん記事を書く余裕は今はないかもしれないが記録は必要だ。


 圭一たちが向かう方面に行く車はいない。皆が逆方向に向かっている。反対の道路は車が通れる状況でもない。車を捨てて逃げる人でごった返している。

 圭一たちの走る車線にも人が徐々に溢れてきている。しかし松田はうまくかわし走行し続けている。


「ん? 何だろう」

「どうしたんですか、松田さん」

「後ろから黒いワゴン車が近づいてきてる」

 圭一と後部座席の二人も後ろを振り向いた。確かにワゴン車が近づいてきている。物凄いスピードだ。クラクションを鳴らしながら道路にいる邪魔な人間を追っ払いながら走っている。

 ワゴン車は圭一たちが乗るタクシーを追い越した。少なくても逃げているようには見えない。プライバシーガラスで中は全く見えなかった。


「あれっ、あのワゴン車、河川敷の方に行った」

 松田が不思議そうに言った。

「何しに行くんだろう? 松田さん、後をつけてもらえますか?」

「えっ、後をつけんるんですか? 分かりました」

 これは好奇心からだった。我々以外にあの異世界からきた訪問者に興味を持っている人たちがいるかも知れない。もしかしたら何か我々が知らない情報を有しているかも知れない。圭一はそれを思って松田に指示したのだ。


 淀川の河川敷付近でワゴン車は停まった。

 圭一らはタクシーをそのワゴン車が見えるところに停めた。中から様子を伺う。

 

 ワゴン車から誰かが出てきた。

 鳥羽が叫んだ。

「あの人は……阿久教授……」






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