第5話 確信
電話の主はやはり鳥羽だった。用件は明日の訪問時刻。
圭一は、てっきり今まさに起きたこの不可解な爆発現象に関することだと思った。
家に着くなり圭一はテレビを付けた。
しかしどの番組もさっき起きた爆発現象を報じていない。あの場所だけに起きたのだろうか。
例の発光現象に関しては、依然報道されている。
天文学者や宇宙論の学者らは、太陽活動が発光現象に関与しているのではないかと疑っているらしい。
もちろん仮説の域ではあるが、今年は太陽活動が観測史上もっとも活発で、その太陽エネルギーが地球の大気と衝突することで発光したのでは、というものであった。
詳細な原因は不明らしいが未知の自然現象であることはほぼ確実らしい。
いや、違う。圭一はそう思った。
太陽活動とかそういう云々のものではない。それでは空間が揺らいだことは説明できないだろう。それにその中にいた《何か》。生きているように感じた。
鳥羽の言うように異世界なのかも……。圭一はそう思い始めた。
翌朝六時。
圭一は目覚めるなりすぐ着替えを済ませ家を出た。確認するためだ。
ICARCに到着。研究室にはまだ誰もいない。
圭一はFAPIGシステムの稼働状況を調べた。
やはりだった。昨夜の爆発現象が起きた時刻。ノイズが一段と大きい。
圭一は確信した――。
※ ※ ※
定刻通り、鳥羽がやってきた。
二人で会議室に入るなりドアをノックする音が聞こえた。
「あっ、どうぞ」
「すいません。何か飲み物でもお持ちしましょうか?」
「ありがとう、灰原さん」
圭一は二人分のコーヒーを頼んだ。
「あの子はどなたですか?」
鳥羽が尋ねた。
「私の後輩の灰原茜音です。まだ入所して間もない研究員です」
「そうなんですね」
「ちょっと変わってますけどね。面白くていい子ですよ」
しばらく灰原の話題が続いたあと、灰原がコーヒーを持ってきた。
「ありがとう、灰原さん。あれっ、どうして三つあるの?」
「私も話に混ぜてもらおうかなと」
なるほど。飲み物はこの口実という訳か。
「私は構いませんよ」
鳥羽が返答した。
「やったー。鳥羽さんありがとうございます。灰原茜音と申します」
「鳥羽慎一です。よろしく」
圭一の返答を聞かずに灰原は席についた。
「先日の発光現象に関してなんですが――」
鳥羽が話し出すと、珍しく圭一は話を遮って話し出した。
「実は昨夜見たんです」
「見たって何をですか?」
「爆発です。発光現象ではありません」
「爆発?」
「そうです。突然空間が爆発して、そのあと揺らいでたんです、空間が……」
「空間が揺らぐ?」
「はい。そのあと、その空間に《何か》が見えたんです」
「《何か》って何です?」
「いや、私にも分かりません」
圭一の返答を聞いて、鳥羽は顎をポリポリ掻いた。
「猶予がないかもしれません。菅原さん、今週の土日空いていますか?」
「空いていますが……」
「私の友人に超常現象の世界的研究者がいるんです。一緒に会いに行きませんか。大阪にいるんですが……。もちろん、交通費は私が持ちます」
「面白そう。私も行っていいですか?」
灰原は目を輝かせながら鳥羽に聞いた。
「えっ、もちろんいいよ」
「ありがとうございます」
灰原と鳥羽が圭一に視線を送る。
「あっ、分かりました。行きましょう」
圭一の返答を聞いて灰原はガッツポーズした。
「ところで超常現象の研究家の友人ってどんな方なんですか?」
圭一は興味本位で尋ねた。
「ご存知かどうかは分かりませんが、サイキック松田という名前で活動しています。ほら、よく年末の特番で超常現象の番組あるでしょ。その番組によく出ている人ですよ」
鳥羽の話を聞いて灰原が絶叫した。
「えー、あのサイキック松田さんと友人なんですか?」
「灰原さん知ってるの?」
「菅原さん知らないんですか? 超有名人ですよ」
灰原はそういうとスマホを操作して、画面を圭一に見せた。
「この方がサイキック松田さんです」
真っ黒のサングラスに変わった帽子と変な服装。少し小太りの五十代の中年男性。見るからに怪しい。
「ちょっと知らないかな……」
圭一は苦笑いしながら答えた。
話題は爆発現象に戻り、圭一が体験したことを詳細に語った。もちろん発光現象も体験したと語り、それらがFAPIGシステムと関連している可能性も指摘した。
鳥羽はもう少し早く教えて欲しかったという表情を見せたが、その表情は段々深刻さを語っているように見えてきた。
思ったより状況はよくないらしい。どう良くないかは分からないが急いでサイキック松田に会う必要があるらしい。
鳥羽はその場でサイキック松田に連絡した。
待ち合わせ場所はJR大阪駅だそうだ。
※ ※ ※
初めは異世界というものに懐疑的な圭一であったが、自身が体験した発光現象と爆発、それを裏付けするFAPIGシステムの稼働状況、それらが圭一を異世界というものの存在に確信を与えた。
しかし心の中ではそんなものはない、という声も残っている。しかしその声は日に日に小さくなっている。
爆発後の揺らいだ空間とそこにいた《何か》。
その時の映像は圭一の頭の中に深くおさめられている。ふとした時にその記憶が頭の奥底から這い出て、圭一を苦しめる。幽霊に遭遇したときの恐怖ではない。今まで味わったことのない恐怖。
あれがもしこの世界に這い出てきて、それが人類の破滅を招いたら。その原因が自分の開発したシステムによるものだと世間が知ったら。そういう恐怖が圭一を苦しめる。
異世界……。
馬鹿げている。あるはずがない。
でももし存在したら……。
圭一は新幹線の車内から青い空を眺めながら自分の気持ちを整理した。
この旅が何か大きな意味を持つような気がするのだ。
もうすぐ新大阪に着くみたいだ。車内にアナウンスが流れた。
眠っていた灰原と鳥羽が目を覚ました。
圭一は静かに降りる準備をした――。