第4話 小さな爆発
研究室には圭一ただ一人。
圭一は夜遅くまでFAPIGシステムのプログラムを見直した。ノイズの正体を掴むためだ。
しかし、プログラムを見直しても特に何も悪いところは見つからない。当たりまえと言えば当たり前だ。デバッグは何度も行った。今更見直したからって原因が見つかりそうとは思わない。分かってはいる。見直すほかに思いつかなかったのだ。
システム自体は問題無く動いているので深く考えなくてもいいのでは、と言う意見もあった。
むしろ、一番不思議なのはそこだ。
ノイズがあるのにも関わらず、今のところシステム自体に何の悪い影響も見られないことだ。ノイズはシステムの不安定を示すもの。にも関わらず、システムは順調に動いている。
しかし、少しずつではあるが、時間と共にノイズは増えている。
何がなんだがさっぱり分からない。
時計を見ると時刻はそろそろ二十二時。ICARCの決まりで二十二時以降の残業は禁止されている。
圭一はモヤモヤした気持ちを残しながら帰る準備を行った。
暗闇に浮かぶ満月。
綺麗だな。
圭一は前方に輝く月光を浴びながら自転車をこいだ。
研究所が多いこの地域は人気が少ない。しかも都会と違いビルなどが密集していない。それが一層静けさを引き立たせる。
圭一は都会生まれ。
初めてこの地に来たときはこの静けさに驚いた。
しかしこの静けさを体験すると、都会のザワザワした人工音に抵抗を感じてしまう。よくもあんなうるさいところで育ったもんだ。
圭一は静けさを愉しみながら自転車をこぎ続けた。
国道に出た。
もうすぐ家に着く。
日中は比較的交通量のある国道。しかし、今の時間帯は何も走っていない。圭一ただ一人。
虚しく赤く光る信号。圭一は青に変わるのをのんびり待った。
反対側の信号が黄色に点滅。圭一は出発する態勢をとった。
青に変わり出発しようとした瞬間、上空で何かが光った。先日見たものに似ている。
雲のない夜空。雷ではない。
だとすると、流れ星? いや違う。近くで光ったような気がする。
写真を撮るときのフラッシュのような光。
一体なんだ?
目の前の信号は再び赤に変わっていた。
※ ※ ※
翌朝――。
圭一が研究室に入ると、皆がテレビに釘付けになっていた。
「あっ菅原さん、おはようございます。ニュース見ました?」
灰原がテンション高めに圭一に聞いた。
「おはよう。今朝はテレビ観てないや。ニュースって?」
「発光現象ですよ! 早くこっちに来てください。今テレビでやってるんですよ。って言っても今朝はこのニュースばかりですけど」
灰原に促され圭一はテレビの前まで移動した。
そのニュースを観るなり圭一は思わず「あっ」と言ってしまった。
ニュースによると、昨夜の二十二時過ぎに世界の各地で謎の発光現象が見られたらしい。有識者によると何らかの自然現象かも知れないとのこと。しかし原因は不明。
「どうかしました、菅原さん?」
「この発光、僕も昨日見たよ」
皆が圭一に視線を送った。
「えっ何処でですか?」
「家の近くだよ。ピカッて上空で光ったんだ」
「写真とか撮りました?」
「えっ……、いや一瞬だったからそんなの撮る時間ないよ。それに光ったのはその一回だけだったし」
「あちゃー。それは残念。撮れていたらテレビ局に連絡して、このニュースで使われてたかも知れなかったのに」
本気で悔しがる灰原に皆が笑った。
グループリーダーの合図でみんな自分の仕事に戻って行った。
圭一も自分の机に戻った。
椅子に座ってスマホを見ると知らない番号から着信が残っていた。
「あっ菅原さん、鳥羽です。お世話になっています」
圭一は電話をかけ直したことを後悔した。そういえば鳥羽に渡した名刺にこの番号を載せていた。
「あっ鳥羽さんですか。菅原です」
「今朝のニュース観ました?」
やっぱりか……。大体話の内容が予想できる。
「発光現象のことですよね?」
「もちろんそうです!」
「どう思います?」
「どうって言われても……。まー不思議な自然現象だなと」
「違いますよ! この前お話しした異世界への扉ですよ。今まさにそれが開こうとしているんですよ」
予想した展開だ。
「今、取材で九州にいるので今日はそちらに伺えないのですが、明日って菅原さん都合の良い時間ってありますか?」
「えっ、あっ、えーと……」
「まー取り敢えず着いたら連絡しますね。それではまた明日」
その言葉を残して電話は一方的に切れた。
適当に「明日は一日中会議で忙しい」とか言って断れば良かったのだが、とっさにそう言う言葉が出てこない。圭一はそういう自分にがっかりした。
※ ※ ※
食堂で圭一が昼食を食べていると灰原がやってきた。
「菅原さん、ここいいですか?」
「うん、いいよ」
「午前中の電話って鳥羽さんですよね?」
席に着くなり灰原は圭一に尋ねた。
「えっ、どうして分かった?」
「まー女の勘っていうやつですよ。っていうのは冗談で、スマホから『異世界』っていう言葉が聞こえたんで。『異世界』といえば鳥羽さんでしょ」
「あっ、そうだよ。鳥羽さん」
「やっぱりあの発光は異世界の扉なんですか?」
「えっ、灰原さんまで……そんな訳ないよ。なんか珍しい自然現象だと思うよ」
「あっそう言えば、その発光現象を昨日見たって言ってましたよね?」
「うん、言ったけどそれがどうかした?」
「FAPIGシステムですよ。その時間のシステムの稼働状況を調べれば、その発光現象とFAPIGシステムに関連があるか分かるかもしれませんよ」
「それは確かにそうだな」
一見すると天真爛漫に見える灰原茜音。しかし彼女の地頭は結構良い。少なくとも圭一は灰原をそう理解している。
今回のこの提案も言われてみればそうだ。灰原の言う通り、調べれば簡単に分かる。
実質のシステムの開発者である圭一が気付かないで灰原が気づく。実に滑稽だ。圭一は心中で笑った。
昼食が終わり、圭一は途中の自販機で缶コーヒーを購入し、早速FAPIGシステムの稼働状況を調べるため、研究室に戻った。
圭一が今使用しているFAPIGシステムの稼働状況はここからおそよ半径五キロメートルの状況を示す。昨日の発光現象もこの範囲内に十分おさまる。
システムの日時を昨日の二十二時過ぎに合わせる。
映し出されたディスプレイに圭一は目を疑った。
ノイズ自体は何本かあるのだが、昨日の二十二時十四分に一際高いノイズがあった。それはあの発光現象が起きた時刻。
そんなバカな。ありえない。ただの偶然に過ぎない。
圭一はアプリケーションを閉じた。
半分、上の空状態のまま圭一は仕事に取りかかった。
何とか今日の分の仕事を終わらせる。
時刻は十七時半。何だか疲れたので今日はもう帰ろう。
季節的にこの時間はもう薄暗い。
自転車に乗っていつものコースを使って家に急ぐ。国道が見え、昨日の発光現象に遭遇した信号機が迫る。
流石に今日は何も起こらないだろうと思い信号を渡ろうとした瞬間、凄まじい閃光が圭一の上空で起きた。圭一は驚いて自転車から転げ落ちた。
昨日の発光現象は違う。明らかに爆発したようにみえた。空間が爆発した感じだ。でも爆音は聞こえなかった。
自転車を起こし空を見上げた。
上空十メートルくらいの高さだろうか。そこの五十センチメートルくらいの空間が揺らいでいる。
圭一は息を飲んだ。
そのまま揺らいでいる空間を凝視し続けた。
何かが見えた。揺らいでいる空間に何かがいた……。
ほんの数十秒の出来事。
揺らぎはじわーとなくなりいつもの空に戻っていた。
いつから鳴っていたのだろうか?
圭一は、空を見上げたまま着信名を確認することなく電話に出た。