プロローグ
爆発が起きた。
爆発物ではない。そういう類のものではない。つまり、普通の爆発ではない。
突然、空間が爆発した。少なくてもそう見えた。
それに爆風の向きが逆だ。爆風は外向きに生じるはずだ。それが普通だ。
しかしこの爆発は逆だ。爆発地点に向かって爆風が吹き込んだ。
周囲の建物は爆発で吹き飛んだ。その残骸や舞い上がったホコリは爆発した内部に吸い込まれた。逆向きの爆風によって。
直径十メートルくらいの領域が爆発の内部に吸い込まれた。一瞬の出来事だった。おそらく建物内にいた人たちも吸い込まれた。
爆音はほとんど聞こえなかった。鳴り響いたのは建物の崩壊が発した音。人間の悲鳴。それだけだ。
現場近くにいない人からすれば、突然、建物が倒壊したように思うだろう。ある意味、静かな爆発だった。
異変に気づいた人たちが集まってきた。誰も何が起こったのか理解していないようだ。多くの人がスマホで写真や動画を撮影し始めた。
彼らが撮影しているのは、倒壊した建物の残骸などではない。
爆発の跡。
これを撮影しているのだ。
爆発した空間が揺らいでいるように見える。それはまるで水の中で屈折する太陽の光のようだ。空間がゆらゆらしている。
地上からおよそ五メートルくらいにできた巨大な揺らぎの空間。多くの人が不思議そうに見つめている。
緊急車両のサイレンが近づいてきた。現場に着くなりレスキュー隊員たちは唖然としている周囲の建物が消えており、しかも空間が揺らいでいるからだろう。
「爆発が起きた」誰かがレスキュー隊員に説明している。しかし、隊員は信じられないという感じだ。
誰かが叫んだ――。
揺らいでいた空間に異変が起きたのだ。
その中に何かがいる。
元々居たのか、その中で発生したのかは分からない。
しかし、何かがいる。
そしてその中で動いている。
物体ではないような気がする。
だとすると生き物?
「何だあれは?」皆が声をあげる。
何か嫌な予感がする。
とても嫌な予感だ。
予感は的中。
その空間から腕みたいな細長いものが出てきた。ゆっくりとゆっくりと。
丸っこい部分も出てきた。頭だろうか? 何かよく分からない。
群衆の声は次第に悲鳴に変わる。
これは逃げた方がいい。
本能がそう叫ぶ。
我々の世界に何かが這い出てこようとしている。
そしてまた爆発が起きた――。