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隣の席に座るチトセは、僕の問いに笑顔で、こう答えた。
「んー、そうですねぇ。ボランティア活動です。——ってそんな訳あるかっつーの!!」
相変わらず彼女のテンションについていけない。僕は心中で呟いた。
「もしかしてお金とか?動画サイトに投稿してるんだし、その収益目的とかだと、僕は思ったよ」
少し、嫌味を込めたつもりだった。実際、カンニング動画を投稿すると脅され、否応なしに彼女と行動を共にしているのだから。
だが、この言葉はチトセの逆鱗に触れた。
「お金の為なんかじゃないっ!」
彼女は席から立ち上がり、僕を睨みつけた。乗客達が、何事かと一斉にこちらを見る。
「ご、ごめん。気に触ったなら謝る。だから、頼むから落ち着いてくれ」
僕が謝罪すると、彼女はあっさりと席に座った。そしてクスクスと笑い出した。
「片桐君の焦った顔、面白い。やっぱ、からかい甲斐があるなぁ」
流石にカチンときた僕が、口を開く前に、彼女は真剣な顔で言った。
「ただ、お金の為じゃないことは確かです」
「……ボランティアでもお金でも無いんだとしたら、他にどんな理由があるんだよ」
多少、ぶっきらぼうに僕は尋ねた。チトセは思案気な表情を浮かべた後、透明な瞳を僕に向けた。
「生まれてきたことを後悔したくないから、かな」
僕は言葉に詰まった。彼女の言いたいことが、単純にピンとこなかったからだ。
「それってどういう意味……?」
「意味もなにも、そのままの意味っす。誰も死んだように生きたくないし、この地球という星にたまたまやって来たにせよ、生まれてきたことに感謝して、天寿を全うしたいって誰しも思うっしょ」
なるほど、と僕は黙って相槌を打った。だが、彼女の発したセリフはもっと、もっと深淵な意味を含んでいたことに、この時の僕は気づかなかった。
石倉イオリの親友宅は、郊外の住宅地に建っていた。チトセは、まるで一度きた事があるかのように、迷いなく僕を引き連れ、親友宅にたどり着いた。
「なぁ……いきなり押しかけるのは、やっぱり不味いんじゃないか?」
僕は不安をよそに、如月はノープロブレムといった様子だ。
「見ず知らずの相手なんだし……。警察でもないのに訊き込みなんてさ」
「一般市民が一般市民と話するだけです。断られたら断られたで良いじゃないですか。どうせ失うものはありません」
「そりゃそうだけど——」
如月は軽く溜息を吐き、人差し指を顔の前に突き出した。
「モテる秘訣って、なんだかわかりますか?それは積極的かどうかです。モテる人は常に色んな異性を口説きます。断られても、気にしない。口説いた相手にふられても、別の異性に声をかけ続ければ、いつか応じてくれる人がいることを知っているからです。これは就職活動も同じです。下手な鉄砲も、数打てば当たる理論ですね」
彼女の力説を、僕は呆気に取られて聴き入ってしまった。
「……如月さんは、なんでそんなナンパ師みたいな知識知ってるの?」
「所長からの受け売りです」
所長って、と僕が尋ねるより早く、彼女は呼び鈴を鳴らしていた。