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「えー。せっかく女子高生らしく、ファミレスデビュー出来たし、もっと楽しみたかったんだけどなぁ」
僕は、ふと違和感を感じた。
「如月さんは、ファミレスに来たことないの?」
彼女は満面の笑みで「イエス」と答える。妙だと思った。近頃の女子高生とか、うんぬん以前にファミレスに来たことない人間など、いるのだろうか。
思案気な僕を見ながら、チトセが「ゴホンッ」と咳払いした。
「まぁ冗談は置いといて、気になる条件というのはですね。私の除霊ならぬ、スピリチュアル活動をあなたに手伝って欲しいんです」
「除霊って……。まさか本当に幽霊がいるなんて、君は言うつもりなのか?」
僕は呆気に取られて、如月の顔を凝視した。
「あなたも疑い深いっすね。ビデオの映像や、担任が消えるとこ見たでしょ」
「あ、あんなのはトリックだ。先生も君と口裏合わせしてたんだし、こっそり教室を抜け出すことだって出来たはずだ」
如月は眉をひそめ、深々とため息をつく。
「分かりました。石橋を叩いて渡る片桐君のために、もう一つ証拠を見せます」
「証拠?」
彼女はコクリと頷き、人差し指をあげた。
「いいですか。私から目を離さないでください」
言われた通り、僕は彼女を、視界にしっかりおさめる。
次の瞬間、彼女が忽然と姿を消した。
「——なっ!?」
突然のことに気が動転し、周囲をキョロキョロと見渡す。しかし、どこにも如月チトセの姿はない。
「どこ見てんすか?」
声のした方に目をやると、彼女は席に座り、僕を見上げていた。
「一体……どうなってる」
「どうですか?幽霊の存在、少しは信じる気になったでしょ」
頭の整理が、未だつかない僕は、コップの水を飲み干した。
自分でいうのもなんだが、視力にだけは自信がある。健康診断でも異常は一つもない。疲れてるんだという理屈も、彼女には通じないだろう。
そこまで考えて、僕は思いついたように口を開いた。
「まるで……如月さん自身が幽霊みたいだね」
何気なく出た言葉だった。だが僕の発言に、彼女は驚くような反応を示した。さっきまで、僕を小馬鹿にした態度と打って変わって、急に弱々しく儚げな表情を浮かべている。
「もし、私が幽霊だったらどうしますか?」
チトセが、ポツリと呟いた。
「いや、そんなこと言われても。君はどう見ても普通の人間だろ」
僕が言い終わるや否や、彼女が突然クスクスと笑い出した。
「やだなー。冗談に決まってるじゃん。もしかして本気にしたの?」
わははっと笑い続ける僕は、キツネにだまされた気分を味わう。だが、この時の僕には、知りようもなかった。〝彼女の悲しい嘘〟に。
ファミレスを出た後、僕とチトセは、市内にある中学校へと向かった。なんでも、その中学では夜な夜な少女のすすり泣く声が聞こえるらしい。
学校の教師や生徒から、不安でしょうがないと苦情が殺到したため、その界隈で知名度のある如月に、仕事が回ってきたとのことだ。話を聞いた時点で、青ざめた僕は、ホラーは苦手だから勘弁してくれと、如月に嘆願したが、聞き入れてもらえなかった。
「大丈夫っすよ。霊魂から危害を加えられたり、呪いを受けちゃうことなんて、まずありませんから。私が保証します」
彼女は親指を立てて、安心するよう僕に言ったが、本気で気は進まない。それでも、例のカンニング動画を削除してもらう為なら、背に腹は変えられないと、僕は腹をくくった。
中学校に着くと、正門付近に学校の関係者らしき男性が立っているのが見えた。
如月は男性に近づき、なにやらやり取りしていたが、話がついたようでこちらに戻ってくる。
「オッケーです!」
「なにが?」
「入校許可ですよ。さぁ、いっくぞー。出発進行!」
チトセが、さっそうと歩き出し、僕は渋々その後に続く。
正門から校内に入る時、関係者らしき男性と目があった。
男は凄く胡散臭そうな顔で、僕に視線を投げていたが、気にしないフリをして通り過ぎる。
静まり返り、照明の消えた夜の学校は、普通に怖かった。深夜では無いが、それでも進んで肝試ししようとは、微塵も思わない。
この学校に、少女の幽霊が出るというなら尚更だ。廊下を歩いていると、急にチトセが立ち止まった。