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「本当か?」
僕が顔を上げると、少女はまたも、悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「はい。ただし条件が一つ」
「……条件?」
訝しげに聞き直すと、彼女はお腹をさすりだした。
「ここじゃ何だし、ファミレスかどっか行きましょうよ。私、お腹すいちゃった」
「いや……ファミレスってお前——」
言いかけた僕の言葉を塞ぐように、少女は指を突き出した。
「お前、じゃなくて、私の名前は如月チトセ」
僕と如月は、駅前にあるファミレスに入った。
席に座り、注文を取りに来たウエイトレスに、如月はハンバーグ定食を注文した。
「片桐君は注文しないの?」
彼女は上目遣いで僕を見る。
「そんなお腹空いてない。って何で、僕の名前知ってるんだ?」
「え?同じクラスなんだから、知ってるに決まってるじゃん」
如月の返答に、僕は単純に驚いた。如月チトセなんて生徒、同じクラスに居ただろうか。そんな疑問を持った僕だったが、数秒も経たずに思い直した。
そもそも、同じクラスの生徒を、僕は半数も把握していなかったからだ。如月のことを知らなかったとしても、何ら不思議ではない。
「私のこと知らなかったんだぁー。ちょっとショック」
「そ、そんなことない……」
両手で顔を覆い、泣くそぶりを見せた彼女を見て、僕は焦った。
「くふふふふっ。嘘ぴょーん。今、私が泣いたと思ってビビった?大丈夫だよ。気にしてないし」
如月のしたり顔を見て、僕は内心ムカムカしてきた。
「帰る」
そう言って、席を立つと如月が、すかさず携帯を取り出した。
「さて、じゃあツイポッポーとマイマイチューブに動画を投下して——」
彼女の脅し文句は、僕を静止させるに十分な威力を持っていた。
「わかった。わかったから止めてくれ」
僕が座り直すと、彼女は「素直でよろしい」とニコニコしながら言った。
「それで、君の条件ってのを知りたいんだけど」
「まぁまぁ、急いては事を仕損ずるとも言いますし。まずは腹ごしらえしましょ」
如月の言葉に、僕は半ば観念して、ウエイトレスにピザを注文した。そして、学校からレストランに来る間、ずっと気になっていたことを質問した。
「ひとつだけ答えてくれ。あの担任は、如月さんとグルなのか?」
「グル?」
彼女は、キョトンとした表情を返す。
「先生がテスト中、いきなり消えた。あれは、君が先生と口裏合わせして、僕をはめる作戦だったんだろ」
「あー。あれはねぇ。正確には、先生の〝ドッペルゲンガー〟さんです」
「ドッペル……なんだって?」
僕の返答に、彼女はオーバーリアクションで、首を縦に振った。
「ドッペルゲンガーってのは、いわば本人の分身です。厳密には霊魂なんすけど。片桐君のお察し通り、カンニングの証拠を撮る為に、先生のドッペルゲンガーを借りて、一芝居打ってもらったわけです」
半信半疑な僕の態度を、知ってか知らずか、彼女は得意そうに話を続ける。
「因みにドッペルってドイツ語ね。英語だとダブル、つまり二重や生き写しって意味。かの文豪、龍之介さんもドッペルゲンガーを題材にした短編小説を残してるんだよ。どう、片桐君。少しは、頭よくなったんじゃない?」
彼女のドヤ顏に、何故かストレスが溜まった僕は、貧乏ゆすりを始めた。そこへ注文した料理が届き、香ばしい匂いを辺りに放つ。
「いっただっきまーす」
如月はハンバーグを綺麗に切り分け、一口ごとに「美味しー。美味の極み!」と叫んだ。
僕も釣られるように、ピザをほうばった。
ふと、視線を感じ顏をあげると、彼女が箸を止め、じっと僕を見つめていた。
「なんだよ?」
「いや、ピザ美味しくないのかなと思って」
「美味いよ。なぜ?」
「だって片桐君、すっごい不味そうに食べてるから」
なんだ、そんなことか。僕はピザを皿に戻し、コップの水を飲んだ。
「よく、言われるよ。不味そうにご飯食べるねって」
「損してるねぇー。美味しいものを食べてる時はさ、もっとなんていうのかな?笑顔を作って、美味しいーって口にしないと」
如月はテーブルを叩いて、熱弁を説きだした。
「そんなの、君にとやかく言われる筋合いはないと思うけど。それより僕はとっとと、君の条件とやらを伺って帰りたいんだが」