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背後から、急に女性の甲高い声が、鼓膜に響いた。ギョッとして振り向くと、少女が携帯のカメラを僕に向けて、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「誰だよ、君は!いつからそこに……」
「私ですか?ずっとこの教室にいましたよ。それより見てください」
彼女はそう言うと、携帯の液晶画面をこちらに向けた。
液晶画面から流れる動画には、僕と担任が映っていたが、もう一つ不可解なモノが写り込んでいた。
『もう一人、僕がいて空中に浮かんでいる』
「何だよ、これ……?」
僕は訳が分からず、少女に尋ねた。
「何ってこれ、あなたの霊魂ですよ」
少女は、半ばあきれた様子で、僕の質問に答える。
「霊魂?」
「もしかして、今まで知らずに幽体離脱してたんですか?」
「幽体離脱って……。そんなこと、僕が出来る訳ないじゃないか」
「じゃあ、これまでどうやってカンニングしてたと?」
「ぼ、僕はカンニングなんかしていない。変な言いがかりはよせ」
霊魂だの幽体離脱だの、さっきからこの少女は有り得ないことばかり
語っている。そんなもの、この世に存在するはずが無い。
少女は面倒くさそうに、髪をかき分けた。
「いいですか。私の携帯カメラは特殊な仕様になっていて霊体を捉えることが出来るんです。名ずけて『お分り頂けただろうカ?メラ』です」
数秒間の沈黙が、二人の間を流れる。
「あれ。面白くなかったですか?おっかしいなぁ。我ながらナイスネーミングだと思ってるんだけど」
彼女のネーミングセンスは、かなりどうでもいい。そもそも霊体を捉えるカメラなんてあるはずがない。
「どうせ、変な画像加工してるだけに決まってる。馬鹿馬鹿しい。僕は帰る」
僕が席を立とうとすると、彼女はクスクスと笑いだした。
「あれ。いいんですか?先生から再テストを指示されてるんでしょ。まだ途中ですよ」
確かに彼女の言う通りだ。僕はチラッと、担任の方に視線を向ける。意味不明な少女の乱入に、動じる様子もなく、先生はじっと教壇に立っていた。
なぜ、注意しないのだろうかと、僕は疑問に思い担任に声をかけたが、反応がない。その時、少女が指をパチンと鳴らした。途端に、今まで目の前にいた先生が、煙のように消える。
「……なっ」
僕は信じられない光景に、声も出ない。
「少しは信じてもらえましたか?」
「何を?」
「霊の存在をです」
まだ、そんな戯言を。そう、きっと僕は疲れているんだ。とにかくこの場から離れるべく、僕は教室を出ようとした。
「いいのかなー。この動画、ネットに流しちゃいますよ」
振り返ると、少女は携帯をこちらに向けながら、悪戯な笑みを浮かべている。
「な、流せばいいだろ……。誰も信じやしないさ」
僕は、ありったけの虚勢を張った。
「私、こう見えて割と知名度高いんですよ」
そう言って彼女がツカツカと歩み寄り、動画サイトの登録者数を見せる。相当な人数だ。売り出し中のアイドル並みといっていいほどの人数。僕は、背筋に悪寒が走るのを感じた。もし彼女に、あの動画を流され、学校にカンニングしていると知られたら——。幽体離脱の真偽は別として、僕の進路が危うくなる可能性は大いにある。
僕は、彼女に手のひらを差し出した。
「なんすか?」
「携帯を貸してくれ。さっきの動画を削除したい」
「あれれ。さっきは、流したらいいじゃんって強がってなかった?」
少女は、携帯を手で弄びながら言った。
「どうでもいいだろ。盗撮した上に、本人に無断でネットに流すとか、良心が痛まないのか」
僕の説得に、彼女は怯むことなく言い返す。
「じゃあ、カンニングしてることに、あなたは良心が痛まないんですか?」
「……それは」
図星を突かれ、返す言葉がない。うつむく僕に、声のトーンを和らげ、少女は語りかけてきた。
「まぁ、私としてもコレをネットに上げて、あなたの人生を谷底に突き落とすのは忍びないので。無かったことにしてあげてもいいんですが
……」