出会いとトラブルは突然に 1
漠然とだが、人間は死んだあと天国にも地獄にもいかず、無に帰ると思っていた。無に帰るとは言葉通り、意識そのものが消えてなくなるという意味だ。
いわゆる霊魂というものを、僕は微塵も信じてはいなかった。信じるも何も、霊なんて見たこともないし、感じたこともないからだ。
唐突だが、人間は二種類に分けられる。
それは外交的か内向的か、だ。僕は完全に後者だった。他人に興味が持てない。自分の世界に浸ってしまう。こうした気質は、生まれ持ってのもの、育った環境で決まってしまうと思っている。
不幸中の幸いと言うべきか、僕の通っている高校は、ボッチに優しかった。理由として、図書館が充実している点が挙げられる。
学校の司書さんが、学生に本を読んでもらいたいという熱意が強く、館内はさも若者が興味を引きそうな、展示やP O Pで彩られていた。
何より、飲食が可能なエリアが設けられており——お昼休みにちょっと本を読みながらご飯を食べたかったり、自習していても水分補給くらいしたいかなという配慮らしいのだが——ボッチが板についた僕には、砂漠のオアシスに等しかった。
そんな僕の名前は、片桐ケイタ。どこにでも居る、ごく平凡な高校生だ。平凡と言ったが、僕には他の人間にない、非凡な点が一つあった。
それは、遠くにあるものを、〝手に取るように視認できる〟というものだ。例えばカードの裏の数字や、コンクリートの壁に遮られた、向こう側の様子を把握できる。
ただ、遠くといっても能力の範囲は大体、教室一個分の広さだ。
——しかし、それで十分だった。何故ならテストの時、頭の良いクラスメイトの答案用紙を、この能力でカンニングする事が出来るからだ。
そのおかげで僕は、テスト勉強はおろか、授業を軽くサボっても、常に成績上位をキープすることが出来た。 このままの調子でいけば、受験勉強などしなくても上位偏差値の大学にも進学出来る。そう、僕は思っていた。
だが、そんな小賢しい目論見は、如月チトセによって、脆くも崩れ去る。
ある日のこと。突然、僕は担任の教師に呼び出された。
「あなたに、カンニングの嫌疑が掛かっています」
担任にそう告げられた瞬間、僕は心臓が止まりそうになった。
何故、バレたのだろうか。いや、分かるわけがない。
「どういうことですか?嫌疑って言われても、何のことだか……」
冷や汗を流しながら、僕は弁明した。担任の返答は「再テストを受けてもらう」というものだった。校長にも、話がいっているようで、決定事項のようだ。
何故、そんな大層な事態に発展しているのか、検討もつかないまま、僕は担任に連れられ、とある教室に入った。
促されるままに座った机には、テスト用紙が置かれている。
「では、テストを開始します」
担任は淡々と僕に告げた後、制限時間は六十分と付け足した。
テスト用紙とにらめっこしながら、僕は焦った。
さっぱり問題が解らない。今までは、同じテストを受けている生徒の答案を例の能力を使って、丸写しすれば良かった。しかし——現在、教室内には僕と、教師以外は誰もいない。絶対絶命の危機を、どう回避すればいいか、僕は必死に考える。
ふと視線を上げた時、目に止まったのは、担任が手に持っている紙だった。その紙の束に、解答と書かれたものが混じっていることを、僕は見逃さなかった。
これしかない。あれをカンニングしてこの危機を乗り切るしか手はない。僕は意識を集中させ、例の能力を発動した。視界が急に広がり、教室全体を見下ろした僕は、解答を確認するため、意識を担任の方に向ける。
これで危機を乗り切ったー。と、思った僕の期待は、木っ端微塵に砕け散ることになる。担任が持っている紙には『残念でした』という文字。
どういうことだ。僕は混乱しながら、能力を解除した。
「おぉー。バッチリ、良い動画が撮れました!」