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チトセの胸を借り、ひとしきり涙を出し尽くした後、イオリの気持ちは不思議なほど落ち着いていた。チトセが、スカートのポケットから棒キャンディーを取り出し、イオリに手渡す。
「はい、あげる。美味しいよ」
「……ありがとう、ございます」
「ねぇ、イオリちゃん」
「はい」
イオリが聞き返すと、チトセが天を仰ぎながら呟いた。
「人生って道にはさ、凄く理不尽に満ちたことや矛盾してるだろ!って思える巨大な川が流れてると思うんだ。それを乗り越える為に、みんな苦労しながら橋を作って向こう岸に渡るんだけど。それすら億劫になって、時に生きるのが嫌になるみたいな……?でも、そんな時に効くとっておきの魔法があります!」
「どんな魔法?」
「誰かに悩みを聞いてもらうこと。そして助けを求めることです!」
チトセはにっこりと笑いながらイオリを見つめた。
「イオリちゃんは今、死にたい!って思う?」
イオリは首を横に振った。
「思わない。なんでだろ……。お姉ちゃんが私の話を聞いてくれたから……かな」
「イオリちゃんがいなくなったらお姉ちゃんは凄く悲しいな!だから、ね。また辛くなったら、いつでも私に相談して!」
そう言うとチトセは紙切れを取り出しイオリに渡した。紙にはメッセと携帯番号が書かれてあった。
「うん……ありがとう。ありがとう、お姉ちゃ——」
言い終わる前に、石倉イオリは空気に溶け込むように『透明になり消えていなくなった』。
「いつまでそこで隠れてるつもりっすか?カンニング野郎さん」
僕はチトセの声に誘われるように、排気口の物陰から出てきた。
悪い夢でも見ているようだ。我が目を疑いたい。十七年生きてきて、僕は初めて幽霊を視てしまった。
「私の言ったこと信じてくれましたか?」
彼女は先ほどの少女と接していた態度とはかけ離れた、突き放すような言動をとる。
「なぁ、聞いていいか?」
「はい。何なりと」
「あの子は……その、いわゆる成仏したのか?」
チトセは「まだっすよ」と素っ気なく答える。
「でも、あの子は……消えたいなくなったじゃないか?僕はこの目で、ちゃんと見たぞ!」
飴玉を美味しそうに舐めながら、チトセは説明する。
もし、あの少女が『いわゆる浄化』されたなら、チトセが渡した紙切れは残るはずだと。
残らず消えたということは、あの関口イオリという少女がまた連絡してくるからだと。
「君は怖くないの?」
「なにがですか?」
「幽霊がだよ」
「いやぁ〜?ぜんっぜん怖くないです」
——本気で言ってるのか。僕だったら幽霊から連絡が来るとか夜をおちおち眠れなくなる。というか神社に行ってお祓いしてもらう。
「あ!もしかして、あの子のこと地縛霊かなにかだと思ってません?」
チトセはくっくっと笑う。
「違うのか?」
「そんな厄介なもんじゃないですよ。あの子は……」
彼女は一旦、言葉を切る。
「あの子は、ただこの世に未練があるだけ。だから、最後まで付き合ってあげないといけません」
チトセは少し寂しげにそう言った。
「あのさ……あの子の死因ってやっぱり——」
「自殺じゃないですよ。死んだ理由は……おそらく病気によるもの」
僕の考えを先取りしたように、彼女が言葉を遮る。
「なんで、そんなこと分かるんだよ」
「そりゃあ、スピリチュアル少女っすから」
彼女はそう言うと、豪快にわははっと笑った。
——なんだよ。スピリチュアル少女って……。ほんと、意味がわからない。
「じゃあ、行きますよ!あの子の魂を癒す旅へレッツゴー!」
「いやいや、行くってどこに!?」
「聞き込みに決まってるじゃないすか。さっきの話からして関口イオリちゃんの親友あたりが怪しいっすね」
「いやいやいや、今から?」
チトセは僕の手を引っ張りながら「もっちろん」と笑った。
そう、彼女。如月チトセと出会ってから、僕のひきこもり気味の高校生活は激変した。
ここで一旦、少女のことは置いておき、まずは僕と如月チトセの出会いが、どんなものであったかを、順を追って説明させて欲しい。